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打ち消される裁判(後編)ー延命策に翻弄される裁判官たち

台風が通り過ぎた後の蒸し暑い日、鸚哥大学の研究室では3羽による相変わらず暑苦しい…じゃなかった、仲睦まじい鼎談が続いている。

1-e1397901276348 先日は一審裁判員裁判の有罪判決を否定して無罪にしたり、有罪は有罪でも減刑したりする二審高裁判決を見てきたけれど、今日は特に複雑な経過をたどった裁判員裁判と、そこにかけた最高裁の思いや下級審に向けた号令のかけ方を観察しよう。マネージャー、事例を出して。いえ、出して下さい。

001177今度も事件は順不同ね。

チョコレート缶覚せい剤取締法違反事件 一審無罪→二審有罪→最高裁無罪
逆転にもいろいろあるけど、これは、一審裁判員裁判の無罪判決を逆転させた高裁判決をまたまたひっくり返して裁判員裁判を維持した判決。
日本人の被告人が国内に持ち込んだチョコレート缶の中に覚せい剤が入っていたとして覚せい剤の営利目的輸入罪などに問われた。覚せい剤が入っていたことを被告人が認識していたかどうかが争点。

あせあせ 重さが違うことでわかっていたはずとか、いや分からないよとか…。

00117710年、千葉地裁の裁判員裁判は全面無罪を言い渡す。裁判員裁判の初の無罪。検察控訴。東京高裁は、11年、一審判決を破棄して逆転有罪(懲役10年・罰金600万円)の判決を言い渡したの。

卵なし4 こんだけ重さが違うなら認識していただろうってことっすね。

001177弁護側は上告。12年、最高裁第一小法廷は、「控訴審が事実誤認があるというためには、一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要がある」とし、「このことは、裁判員制度の導入のもとではより強く妥当する」と判示して、東京高裁の有罪判決を破棄自判した。

あせあせ こっこれは、三審制を事実上否定するものじゃないんすか。

001177 そうね。この判決は、下級審の裁判官たちに確かに大きな衝撃を与えたの。前編でも紹介したけど、控訴審裁判所の役割を否定するものではないかという反発にもつながったのよ。

1-e1397901276348裁判員裁判の有罪率は97%(2009年5月21日から2012年5月31日まで)の高さだ。暁の星ほどの少なさの無罪判決を利用して一審判決を尊重せよと言ったが、結局圧倒的多数の有罪判断を見直すなって言ったようなものさ。

スーツケース覚せい剤取締法違反事件 一審無罪→二審有罪→最高裁有罪
これは一審裁判員裁判の無罪判決を否定した高裁判決を最高裁が支持したケース。被告人は外国人。「被告人が気づかないうちに組織が覚せい剤を運ばせた可能性がある」とした一審千葉地裁の判決について、東京高裁は「机上の論理」と一蹴して破棄。懲役10年・罰金500万円の有罪を言い渡した。

あせあせ チョコレート缶はOKでスーツケースはだめっすか。

00117713年、最高裁第一小法廷は、背後に組織が関与した密輸事件では「被告人が組織から回収方法を指示されたと認定するのが相当。一審の裁判員裁判の判断は誤り」と判断。

卵なし4 背後に組織が関与するってどういうこと?

1-e1397901276348 覚せい剤を密輸する組織なら必ず回収方法を運搬人に指示するはずだってことよ。「誰々に渡してくれとか、いついつ受け取りに行くとか、そんなことは言われていない」という被告人の言い分は嘘だって高裁は判断し、最高裁もそうだそうだと言ったんだ。

001177「密輸組織が絡んだ覚せい剤密輸事件では、被告人には回収方法は指示されていると見て良い。回収方法を指示されている以上は覚せい剤と認識していると考えよ」と最高裁は言ったってことね。

卵なし4 でも、多くの覚せい剤密輸事件は背後に何らかの密輸組織が絡んでいると考えられるのでは?

1-e1397901276348そうさ。裁判員裁判では無罪判決がそれなりに出ている数少ない罪種が覚せい剤密輸事件。今後、覚せい剤密輸事件の無罪判決が減るかどうか注目する必要があるね。

東京葛飾窃盗放火事件 一審無罪→二審有罪→最高裁無罪示唆破棄→2度目の二審無罪
09年、東京・葛飾のアパートの一室に空き巣に入り、現金1000円を盗んだ上、ストーブの灯油を撒いて火をつけたとして窃盗・住居侵入・現住建造物等放火罪に問われた。被告人は放火を否認。東京地裁は、被告人の前科の実情を記した証拠に出そうとした検察官の請求について、裁判員に予断を与える危険があるとして拒絶。

卵なし4 予断を与えるとか与えないとか、裁判員裁判ならではの論議っすね。

00117710年、地裁は被告人が放火をしたとは断定できないとして現住建造物等放火罪を無罪として懲役1年8か月を言い渡した。求刑は7年。検察控訴。
11年、東京高裁は、前科の証拠採用を拒絶した一審判断を違法と断じ、東京地裁に差戻しを命じた。現金をたくさん盗めなかった腹いせに灯油を撒いて放火をした前科事件は本件に似ているというのがその理由。弁護側上告。

卵なし4 高裁は自判(自身で最終判断を示す)しないで、なぜ差し戻したんすか。

へ?うーん。事実審理が足りないときに高裁が自分で調べるか、地裁に再審理をさせるかの判断は高裁に任されてるからね。

00117712年、最高裁第二小法廷(竹崎博允裁判長)は、「顕著な特徴があり、起訴事実と相当程度の類似が認められた場合にのみ許される」という判断で、二審判決を破棄して東京高裁に差戻し。
13年、東京高裁(小川正持裁判長)は一審裁判員判決を支持して検察控訴を棄却、これで無罪が確定。

あせあせ 最高裁長官が裁判長だったから、高裁はそれに沿って判決を出したと判断していいっすか。

1-e1397901276348 いや、だれが裁判長であろうと、下級審の裁判所は最高裁の差し戻し判決の内容に拘束される。

001181 ちょっと舌足らずね。最高裁は判決をこう書けと言ったんじゃない。

へ? うーん。判決の中で事実調べに不足があると言われたら、その論争点に関する事実調べをやらなきゃいけなくなるのさ。

仙台風俗店経営者強殺事件 被告人A 一審強盗致死→二審強盗殺人示唆差戻し→最高裁同趣旨差戻し→地裁(新裁判員)強盗殺人→高裁強盗殺人→被告人上告取り下げで確定
見るからに複雑。04年風俗店経営者が市内の山林で頭を強く打って殺害され、現金を奪われたとされる事件。遺体は発見されなかった。
09年、被害者の自宅金庫から現金約5000万円を奪うなどしたことを理由に、逮捕監禁罪と営利目的誘拐罪でAら5人を、後にAら3人を強盗殺人罪で起訴。いちばん問題になった被告人Aについてみましょう。
10年、仙台地裁の裁判員裁判は、Aと一緒に殺害計画を立てたという実行役の供述を不自然として、強盗殺人を認めず強盗致死罪で15年の懲役にした(求刑は無期懲役)。検察控訴。
11年、高裁、一審は検察主張を正しく把握していないと判断、強盗殺人を示唆して破棄差戻し。弁護側上告。
12年、最高裁第二小法廷、強盗殺人を示唆して上告棄却、地裁に差戻し。
13年、新たに選ばれた裁判員裁判は、検察主張どおり強盗殺人を認定して無期懲役。弁護側控訴。
14年、高裁、実行役との共謀を認定したが、一審判決後の被害弁償を理由に懲役15年に減軽。弁護側上告。
14年4月被告人、上告取り下げ。強盗殺人で懲役15年確定。

あせあせ 頭がこんがらがってきました。そもそも強盗殺人と強盗致死ってどう違うんすか。

1-e1397901276348 強盗事件の被告人が被害者を殺すつもりだったら強盗殺人、結果として死んでしまったのだったら強盗致死。後でもう少し詳しく説明するね。

001177やり直しの裁判員裁判では、6日間の日程の内の3日間計8時間を元の裁判員裁判のDVD視聴に宛てました。弁護側は最終弁論で、共謀を否定した一審判決を引用しようとしたけれど、検察が「破棄されている」と異議を唱え、裁判長は引用を認めませんでしたね。

あせあせ DVD視聴で審理か…。

1-e1397901276348 裁判長が最高裁の意を汲んで強盗殺人を適用するために裁判員をリードしたんだろうね、きっと。

001177 2度目の控訴審では、「責任の重さは実行役と同等で2度目の一審判決は正しい。2度目の一審判決の無期懲役も重すぎることはない」としながら、「遺族に被害弁償をしているAを弁償していない実行役と同じ無期懲役にするのは躊躇する」として減軽したの。

1-e1397901276348 最高裁や検察のメンツを立てながら、被告人にも少しまけてやったってこと。

001181 超々政治的判決ですね。でも減軽されたって言っても、Aは別件で懲役24年が確定している人でしょう。実質終身刑じゃないですか。

1-e1397901276348 最高裁もさっさと高裁判決を支持して裁判員裁判をやり直させたってことさ。

001177さぁ、まとめです。まず、これらの判例について一言。

1-e1397901276348 チョコレート缶覚せい剤取締法違反事件は、一審無罪→二審有罪→最高裁無罪という経過をたどった。最高裁第一小法廷は、「第一審裁判員判決の事実認定に論理則、経験則等に照らして不合理があることを控訴審は具体的に示せ」と言ったけれど、第一審の裁判員たちは覚せい剤の密輸入に関してどれだけ「論理則、経験則」を持ち合わせていたか。

001177高裁の判断を否定して地裁の判断の尊重を強調する最高裁の論理こそ、本当に合理性を備えているのかと問われてよいでしょうね。

1-e1397901276348 そう。最高裁は原判決を破棄したうえ、差し戻さず自判した。最高裁が裁判員制度の合憲性を大法廷で言い渡した(11年11月)直後のこの小法廷判決は、いかに最高裁が裁判員制度の延命にかけているかを露骨に示す判決だったと言えるだろうね。

卵なし4何が何でも裁判員の判断を尊重しろって言った訳ですよね。

001177判断がいかに微妙かということは、一審無罪→二審有罪→最高裁有罪という経過をたどったスーツケース覚せい剤取締法違反事件と対比すればわかるわね。

1-e1397901276348こちらの方は、一審と二審はチョコレート缶と同じ認定経過。そして最高裁も前と同じ第一小法廷だったけれど、ここで判断が前とは変わった。組織が関与した密輸事件では被告人が組織から回収方法を指示されたと認定するのが相当だ、と言うんだ。

卵なし4 一審の裁判員裁判の判断は誤りと。

1-e1397901276348そう。同じ覚せい剤密輸入の事件でも、事件の背景などをよく観察すれば、被告人の弁明のウソは見抜けるはずだという訳さ。でも、ほとんどの裁判員は覚せい剤について「論理則」だの「経験則」だのと言われてもわからんだろう。

卵なし4だから「覚せい剤密輸入事件は裁判員裁判の対象事件から外せ」などという議論が出てくるんですね。

1-e1397901276348最高裁は、「論理則」「経験則」がわかる(はずの)裁判官たち3人に、制度の定着も破綻もお前たちのリード一つにかかっている、と脅かしているのさ。

001181最高裁の政治的判決は続いてるわね。一審無罪→二審有罪→最高裁無罪示唆破棄→2度目の二審無罪という経過の東京葛飾窃盗放火事件をみて。

1-e1397901276348 高裁は余罪前科の情報を予断排除の姿勢で厳格に排除した一審の裁判員裁判を打ち消して、前科情報はそれなりに参考にしてよいと検察に寛容な判断を示した。これに対し、最高裁第二小法廷は「よほどのことがない限り前科を参考にするな」と言った。裁判長はあの竹崎長官。裁判員たちに(正確に言えば、裁判員たちに向かい合っている裁判官たちに)「できる限りその事件に即して判定せよ」と強いメッセージを送った。

001177 それは裁判員裁判を尊重せよという高裁裁判官への警告でもありますね。

1-e1397901276348 仙台風俗店経営者強殺事件の被告人Aをめぐる判断の経過はかなりややこしい。一審仙台地裁の裁判員裁判が、実行役と一緒に殺害計画を立てたという検察主張に疑問を示して強盗致死を言渡し、二審仙台高裁が一転やっぱり強盗殺人だろうと判断して事実誤認を理由に差し戻す判決を言渡し、弁護側がその高裁判断は間違いだと主張して最高裁に上告し、最高裁第二小法廷は高裁の判断に特に問題はないとして上告を棄却した。一審2度目の裁判員裁判では今度は強盗殺人を認定し、高裁もこれを認めた。

あせあせ やっぱりこんがらがってきました。強盗殺人と強盗致死…

1-e1397901276348 紛らわしい犯罪名なのでもう少し説明しよう。「強盗殺人」も「強盗致死」も同じ刑法240条に規定されている。前者は殺意をもって人を死亡させた場合に成立。後者は強盗の機会に相手方被害者が死亡してしまった場合に成立する。刑法典では、故意犯とそうでない犯罪が一つの条文にまとめられていて「強盗が、人を負傷させたときは無期又は6年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する」とだけ規定されているので、法律家は前者を「強盗殺人」、後者を「強盗致死」と呼んで区別している。

001177 この2つは犯罪としての悪質さに大きな差があるの。強盗殺人で起訴され、強盗致死の判決になれば、殺人については無罪ということになるのよ。また、同じ刑法240条違反でも量刑は大きく異なり、後者なら実際には死刑になどならないのはもちろん、必ず情状酌量されて有期懲役の判決になるよ。

1-e1397901276348 この事件では、高裁も最高裁も強盗殺人の結論を選択した。結局、強盗致死を認定した最初の裁判員裁判は職業裁判官たちが全面的に否定し、彼らは新しい裁判員たちに以前の裁判員たちの判断をひっくり返させた。
国民の意見を反映させるとかなんとか言うけれど、「刑事裁判に国民が参加して民主的基盤の強化を図る」(最高裁大法廷の裁判員制度合憲判決)という言葉の本当の意味は「この国の司法が正統に行われていることを国民に教え諭す」ことだという話を、誰の目にも明確に示す結果になった。

卵なし4 最近は、地裁と高裁の裁判官の意識の違いなどに触れる学者の分析が出てきていますよね。裁判員裁判を体験した裁判官が高裁に上がってくれば制度を理解する高裁判決が増えるのではないかなんていう文章を読んだけど。

むふふ 学者は甘いなぁ、だいたい裁判員裁判なんて1度も経験せず、もともと市民の司法参加には強く反対していた竹崎クンが制度推進の旗振りをしたんだぜ。経験の有無で考えるような単純な話じゃない。経験と言えば、高裁に出世して裁判員裁判とさよならできたのが人生最大の喜びだなんて言ってる裁判官がたくさんいる。裁判員制度の矛盾が各方面に提供する話題で、制度破綻の光景は一段と活況を呈しているってことさ。

001177 インコさん、では減刑を含めて全体をまとめてください。

1-e1397901276348 最高裁や政府が必死に裁判員制度の生き残りを図っているけれど、裁判所が一丸となってその方向に向いているかと言えば、とてもそんな状態じゃない。ひらめ型裁判官もいれば硬骨漢もいる。一審の判断は重すぎると言って高裁の裁判官がひっくり返すと検察は「まだ最高裁がある」って最高裁に駆け込むしね。

あせあせそれって映画『真昼の暗黒』の被告人の言葉っすよね。検察官が言う言葉じゃないっす。

きっ今は検察がそれを言う時代なの。検察に期待されている最高裁ってね。

怒りそもそも検察に上訴権があるのがけしからん。検察官による上訴は全面禁止すべきだ。検察の横暴こそが…

焦るインコさん、インコさん。落ち着いて落ち着いて。話を戻して。

へ?すみません。つい興奮しました。最高裁は一審裁判員尊重で行けという。でも、我が国の司法の正統性を国民に教育するという制度目的をぶち壊すような判断は絶対にしない。その気配を感じれば、裁判員の判断だって断固否定する。

卵なし4ふーむ。

1-e1397901276348でも、ここには騙しの手口が潜んでいる。時々は「ちょっとよさげな話」を混ぜるんだ。たとえば「求刑超えの判決はよほどのことがなければやるなよ」くらいのことは言う。

001181だいたい、最高裁はとっても政治的よね。

怒りなにが司法が正統に行われてきただ。なにが信頼の向上に資するだ。この国にどれだけのえん罪事件があって、どれだけの人が未だに苦しんでいると思っているんだ!!

あせあせ先輩、落ち着いて、落ち着いてください。お茶入れました。

お茶おぉ~新茶ですか。気が利きますね。夏も近づく八十八夜…♪

破綻も近づく六十庁支部
地裁も高裁にも嫌気が走る
止めよ止め止め止めねばならぬ
止めにゃ司法は自滅する♪

 

 

投稿:2014年7月17日