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出頭新論を呈す 「裁判員裁判に不出頭者はいない」

0063118ふふふ。2度目の独壇場。ウ・レ・シ・イ。うるさい先輩がいなくて嬉しくてしょうがないって? いえいえ、違います(その気持ち、ないこともないこともない)。

ふふふのココロは22.2%、だからふふふなんです。22.2%?What? 最高裁発表の1月末の出頭率です。あの怪談話、丁寧に申し上げると悲劇の階段転げ落ち話。その階段はこちら「制度廃止への道のりを図解する」を見てください。

月末〆切の各種データを地裁が集計し、月が変わって早々に最高裁へご報告。それを事務総局が取りまとめる。結論が出るのは2月22日くらいかな。2月22日の22.2%、ふふふと、これはボクの勝手な推測。

このデータを見た寺田長官は「フッフッフッ」と呼吸を荒くし、顔を歪める。そして叫ぶ。「インコが笑う、インコが笑う、ぐやじぃ~」。これは勝手な推測ではない、いくらか合理性のある推定。

2割を切るのは時間の問題。hp22

インコ先輩は「ワインボトルの底に溜まる澱のように、怪しげな政策のお先棒を担ぐ人はいつの時代にもいる。やりたい人は2割くらい残っちゃうかも」なんてと言っていた。でも、澱が2割もあるなんてビンテージもんでしょう。裁判員制度は高級ワインじゃないし。ボクは20%をぶっちぎりに割り込むと思う。

そして、ここから今日の本題。ボクが熟考の末にたどり着いた結論です。
最高裁が裁判員の「出頭」とは言わず、「出席」となぜ言うのか。その理由とは。ここに恐るべき陰謀をボクはかぎつけた。

「出頭」というのは、アタマを出せという「徹頭徹尾、上から目線のお役人言葉」であり「頭(ず)が高い。控えおろう」と。これがインコ先輩やマネージャーの解釈。そうでなくても悪評ぷんぷん。ご機嫌伺いに必死の最高裁としては、せめてしばらくの間はへりくだった振りをして、「出頭」と言わず「出席」にしておこうという魂胆なんだろうと言っていた。

そこんとこ、ボクはちょっと考えが違うんだ。最高裁って、国民の気持ちを考えようなんて、そんな殊勝な役所じゃないし。ご機嫌伺いに一生懸命になるなんて、そんな人間くさいこともしないと思う。
法律に書いてあるかどうかだけで決めるというのが裁判所の本来の姿。ここはこうずらし、ここはこのように融通をなんていう解釈はないはず。

弁護士の猪野亨先生が「司法を終えたのは、修了か終了か」と最高裁に尋ねたら、「法文上にないので正式回答はできません」と答えたとか。法文上にないことは言わない。まさに法を司る最高裁職員の矜恃、素晴らしい(棒読み)。

では、なぜ「出頭」と言わずに「出席」と言うのか。法文上にない言葉を使うなんて、プライドはどこへ。

裁判員法には「出頭」という言葉しかなく(29条)、そして正当は理由がなく出頭しなければ制裁するとある(112条)。hp234

最高裁は、正当な理由もなく「出頭」しないあなたを処罰しなくちゃいけない。でも、処罰したらどうなるか。制度はおしまいになる。「法廷はマイコートだ。素人が出しゃばるな」と考えている裁判官を多数抱えている最高裁としては、制度がお終いになるのは別に構わないが、自分たちで幕引きはしたくない。
最高裁が処罰したから制度が終わりになった=最高裁の責任、それは困る。
責任回避は役所の命。どう責任回避をしていくか、ここテストに出ます。

で、正解はこちら。
最高裁は、わざわざ法文上にない「出席してください」と言っているのです。これで出て来なくても、「欠席しただけ」なので、処罰しなければならない事態も発生しないことにしたんです。

言っているボクも詭弁だとは思うけど、詭弁の制度には詭弁の言辞(あっ、なんかこれってインコ先輩の物言いに似てる。やだな~)

寺田長官は、「不出頭者は処罰しないのか」と聞かれたら、「欠席された方はいると認識しておりますが、それが不出頭にあたるかどうかは慎重な検討が必要でございまして。さらにそれが処罰の対象となるかどうかはさらに精査が必要となる次第でございます」と答弁されるでしょう。

そして、これまで裁判員候補者で「出頭した人」もいないってことだったんです。「出席した人」が裁判員や補充裁判員をやったけれど、あれが本当に裁判員なのかどうかについてこれまで争った人がいないから、それで通っているだけ。

裁判所には、こんなけったクソ悪い制度なんかやってらんない、っていう空気、蔓延してるって聞きました。そのことを最高裁も良く分かっているって。だから、すべてを曖昧にモコモコと、そのうちにこの制度が潰れると予期してやっているからだと思います。

最高裁が恥ずかしげもなく法律にない言葉を使って、公的な書面を作ったり発信したりするのには、実はこういう背景事情が密接に関係しているかと。

そして、ボクは寺田長官の破滅的献身性に感服しています。
どんなに嫌がられても、現場の声や現状には耳をふさぎ目をつぶり、「出前講義をやれ」と号令を発し、1年間の点検チェックをやり続け(やらせ続け)、ますます現場を疲れさせた。その上で、ご自身のご真影登場です。
あぁあの顔であの顔で裁判員頼むという、顔写真で引きつけ手段、メッセージをもらった人がどん引きしたのは間違いないと思います。yjimage
ということで、自分の顔写真入りメッセージで出頭率が上がると思っている厚顔による捨て身戦法の蛮勇さに、ボクはいたくいたく敬服しているのです。並みの人にできることではないと思います。

 ボク、裁判員裁判には「逆数の法則」っていうのがあるんじゃないかと思っています。別名「澱の法則」。出頭数の比率と重罰化の比率を掛け合わせると常に1になるという仮説です。今年1月末の速報によれば、出頭率(最高裁のいう出席率)は、裁判員裁判が始まった2009年40.3%から22.2%に激減しました。比率で言えば55%=0.55.その逆数は1.82.
20160313制度が始まった頃に懲役5年の判決が言い渡された事件と同じような罪を犯すと今では1.82倍の懲役9年1月になります。出頭率15%になるとその逆数は6.67倍、つまり懲役33年あまりの刑が科せられるということになります。

出頭率が下がるほど、法壇は、被告人を睨みつけ怒鳴り散らす「出席」裁判員たちで埋まるようになる。疲れ切っている裁判官や書記官をよそに、裁判員たちは記者会見で「自分たちの判決に控訴をするな」と言い放って意気揚々と引き上げる。そんな状況、これを「オイラー(俺様ら)の定理」と言います。

これ以上勝手なことを言っていると、インコ先輩やマネージャーから叱られちゃう。
では、今後とも「裁判員制度はいらないヒヨコ」に生あたたかいご声援をお願いします。

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投稿:2016年3月15日