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自分の事情を言い募るのは非国民!?

 8月15日付け『讀賣新聞』夕刊に「『DVで辞退』認めず 宮崎地裁 不出頭扱いに」という見出しの記事が掲載されました。ドメスティックバイオレンス(DV)の被害者がそのことを理由に裁判員になりたくないと訴えたのに裁判所が認めなかったという事件です。少し複雑な経過があるので時系列で説明します。

12年5月 宮崎地裁は、A子さんを「裁判員候補者」に選び、呼出状を送付
  
 DV被害者のA子さんは裁判員に選ばれることを懸念してこれに応えず
  

 A子さんの父親が「娘がDVの被害に遭っているので候補者から外して欲しい」と地裁に手紙を出す
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地裁は合理的理由のない不出頭と処理
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12年10月 地裁は別の事件で再びA子さんを裁判員候補者に選び、呼出状を送付
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 A子さんは再びこれに応えず
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地裁はまたまたA子さんを合理的理由のない不出頭と処理
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13年7月末 A子さん家族の強い抗議で、地裁はようやく重い腰を持ち上げ、「配慮にかけるところがあった」と謝罪

  A子さんは2度にわたる呼び出しに返事をしませんでした。DVの被害者が自分に関する情報が外に漏れることを強く懸念するのは当たり前のこと。父親を通して候補者からの除外を求めた心情はよくわかります。彼女は警察も裁判所も信用できないと思っているのです。父親は父親で娘のためを思い、必死に訴えたのでしょう。その気持ちもよくわかる話。

 裁判所は、手続きに問題がなかったと弁明しました。本人以外の者が申し立てた内容を本人の意思とは認めなかったこと、裁判員に選ばれなかった者を再び裁判員として呼び出したことなどは、ルールに則ったものであるという趣旨でしょう。不出頭は過料に直結しないなどと開き直りもしたそうです。官僚答弁とはこのことを言うのです。それなら謝ったりするなと言いたい。

 今回の事件は、候補者の選任や呼び出しの過程に相手を思いやる気持ちなど爪の先ほどもないことを暴露しました。このような弁明自体、裁判員制度が持つ非人間的な統制の本質を強く臭わせています。

 問題は、一地裁の問題ではなく、裁判所全体の問題であり、最高裁の問題です。裁判所に欠けている「配慮」とは、国民一人ひとりの事情などすべて踏みにじる姿勢。それはDVの被害者だけの問題ではありません。配慮というなら、制度の廃止こそが正しい配慮です。

042206

投稿:2013年8月18日