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『絶望の裁判所』の前に ー 遠藤きみ弁護士のお話

 これから『絶望の裁判所の後に』という話をさせてもらう
 『絶望の裁判所』は元裁判官瀬木比呂志さんの右上著書。2年前までさいたま地裁にいた人だ。表紙には「最高裁中枢の暗部を知る元裁判官衝撃の告発」とある。読んだ人は「最高裁はおかしなことをやっている、裁判官はダメなんだな」と思っただろう。

 この中に書かれているのは主に最高裁による裁判官統制のこと。裁判官は当事者のための裁判より事件処理に一生懸命、最高裁事務総局の考えに沿う判断をする。当局の判断にそわない裁判官は変な形で辞めさせる。私も上からのイジメで、退官せざるを得なくなった。瀬木さんは非常に頭の良い人らしく、エリートコースを歩み、最高裁調査官もしている。この時に嫌なことがあったようで、精神的に落ち込み、東京地裁、千葉地裁、東京地裁に戻り、さいたま地裁を最後に退官された。
私は、千葉地裁のときに一緒だったが、随分静かな人だなという印象であまり話をする機会もなかった。私が弁護士になってからさいたま地裁で私の事件を担当してもらい、丁寧な審理で非常に良い判決を出してもらった。

花飾り

 『絶望の裁判所』の内容をもう少し紹介させてもらう。裁判官の関心は、端的に言えば事件処理に尽きる。早くそつなく処理すれば良い。国が債権者・申立人となり、仮の地位を定める仮処分の事件で、国・法務省が事前に「どのような申立てを行えば良いのか」と東京地裁に問い合わせ、申立てもしていない段階にかなりの数の裁判官が知恵を絞ったことがある。東京地裁で審理されている労働事件で、ある女性裁判長の提案で、裁判長たちが秘密裏に会合を持ち、却下ないし棄却を暗黙の前提として審理の進め方などの相談を行ったこともある。女性裁判官の発案という形で行われたが、実はもっと上の方から話があったものと思われる。

 裁判所の人事の実情は、最高裁が暗黙に承認している方向と異なった意見を判決や論文で書くと、所長になるにも同期から何年も遅らせたり、所長候補者から外したりする。後輩の後に赴任させて屈辱を味合わせたりもする。いたぶり見せしめにする。良い裁判官は最高裁に入れない。最高裁どころか中枢の裁判所にも入れない。
裁判員制度導入について、現場の裁判官は消極意見が非常に強かった。それが最高裁長官が賛成方向に転じてからまったく変わってしまった。竹﨑長官自身、陪審制を含めこのような形の市民参加にもともと極めて消極的だったが、裁判員制度についてある時点で180度方向転換を行ったと言われている。今ではこの制度を表立って批判すれば裁判所にいられない雰囲気になっている。

花飾り

 裁判員制度の導入後はさらにはっきりとした形で、刑事系は人事上有利に取り扱われている。民事系でやってきた比較的優秀な人が本人の意向も聞かずに刑事系に転進させたりもしている。
恐ろしいのは、人事上の見せしめや不利益が何を根拠として行われるか分からないこと。事務総局が気に入るか気に入らないか。裁判官たちはヒラメのようにそちらの方向ばかりを見て裁判をすることになる。当然のことながら、結論の正しさや当事者の権利は二の次。事務総局から見て間違いとされるような裁判や研究や公私にわたる行動については詳細に記録されていて忘れられない。

 違憲判決を書けば、地方の所長でも「あなたはもう関東には戻しません。公証人にならならさせてあげます」というように報復される。恣意的な再任拒否、退官の事実上の強要、人事強化の二重帳簿システム…。
2000年代に行われた司法制度改革による裁判諸改革については少し期待していたが、それはことごとく裏切られた。期待したのは判断が甘かった。むしろ最高裁当局はこれらの改革を無効化するだけでなく、逆手に取って悪用した。その一つが新任判事補の任用と10年事に行われる裁判官の再任審査を行う下級裁判所裁判官諮問委員会の制度だ。
現在、瀬木さんは、『絶望の裁判所』第二部を執筆しているとのことである。

花飾り

 実は、私も再任の時期にひどい扱いを受けた。

(ご本人のご希望で詳細にわたる部分について削除いたしました)

 退官前、「裁判員制度はおかしい」ということを裁判官室でよく話をした。松戸支部のみなさんは「確かにおかしい」と言い、「松戸支部ではやりたくない」と言っていた。私があまり大きな声で「松戸はできない」と言っていたので、あるとき、高裁だか最高裁だかから調査に来て、「松戸はできないな」ということになった。松戸はやらなくて済んだが、東京地裁では立川支部がやっている。

花飾り

 瀬木さんは、裁判員制度に絶対反対の立場ではないようだが、私は絶対に反対だ。退官後、裁判員制度はいらない!大運動の会合に初めて出席した頃私が裁判員制度に反対していた理由は、「今の裁判所でやれるものか」ということだ。連日開廷などやると他の事件ができなくなるので、今の裁判所に馴染むシステムではない。裁判員裁判が始まったら、やらなければということで民事や家事から優秀な裁判官を刑事の方へ総動員している。その結果、民事や家事が手薄になり、手抜き審理しかしなくなっている。ヒラメ裁判官はおかしな判決を次から次へと出す。
私は弁護士になり、おかしな判決が次々と出ることに驚いた。相手が銀行や大会社、会社はもちろん、依頼者がヘンでも事務所が立派だと相手を勝たせてしまう判断をする。地方ではもっと大変である。
私はおかしな判断をされて,依頼者が希望すれば,控訴も,上告もする。依頼者も大変なので、お金がかからない方法を考え、銀座にある事務所をたたみ、自宅に引っ込んだ。そうすると依頼者からお金をもらわなくても頑張れる。

 つい最近、寺田長官と会う機会があった。「遠藤さん、あんまり上告しないで」と言われたので、私は「下級審であまりにおかしな判断をされたら上告します。そのために自宅に事務所を移したんです」と言ったら、ちょっと笑っていた。

 『絶望の裁判所』を読んで、よく瀬木さん書いてくれたと思った。今日、3つ大きな判決が出た。横浜地裁の厚木騒音訴訟、福井地裁の大飯原発再稼働差し止め、那覇地裁の米軍従事者のストライキに対する給与と付加金全額支払い。これは瀬木さんの本を読んで、各裁判官が「ヒラメにはなりたくない」と思ったのではないか。これからも良い判決が続くように期待したい。遠藤下

 (一部、不正確な部分がありました。ご本人からのご指摘で訂正しました)

 

 

投稿:2014年5月26日