~裁判員制度はいらないインコは裁判員制度の廃止を求めます~
落語家 林家時蔵
原作:織部法太郎氏 「裁判員制度を嗤う」
『裁判員制度を嗤う』を読ませていただいたのは、今年初め。インコの琴線に触れまくりで、「これを落語にするべ!」と頑張ったものの、鳥頭には難しい。最後の落ちも決まらず…Σ(ー◇ー;)
というわけで林家時蔵師匠にお願いして出来たのが「落語 寿司食いねぇ」
♪トンツクトンツク テケテンテン~
弁護士さんの中には裁判員制度を愛しているという変わった方もいらっしゃるようで。
都内にあるインコ長屋に住んでいる鳩山弁護士もそのお一人で。
ところが隣に住んでいる俊吉さんは制度を愛していないようで。
「こんちは。鳩山先生,久しぶりだね。相変わらず裁判員制度を愛しているんですかい」
「あぁ誰かと思ったら俊吉さんか。裁判員制度もすっかり国民の間に定着したからねぇ」
「でも裁判員に呼び出されても行かない,やらないという国民もすっかり定着しましたよ」
「だけど裁判員が足りなくて裁判ができないということはないんだ」
「そりゃそうでしょう。素人,変人,暇人誰でもいいんだから,それを6人集めるのに苦労するようじゃあこの制度もいよいよお終いだね」
「そういえば,俊吉さんはもし自分が呼び出されたら妊娠したと言って辞退すると言ってたね。今でもそのつもりなのかい」
「もちろん」
「面倒な人だねぇ」
「面倒なのは制度の方でしょ」
「それはそうと,今度,もっと新しい制度ができるのを知っているかい」
「新しい制度…どんな」
「寿司制度改革審議会で『寿司員』という制度ができるんだよ。じゃあ,いつやるの,今でしょってすぐ決まったんだ」
「何です。その寿司員制度ってのは」
「簡単に言うとだな。国民の中から抽選で寿司員を選んで,寿司屋で職人と一緒に寿司を握らせるという制度なんだよ」
「また,何だってそんな変な制度を作るの」
「そりゃ,広く国民の中から寿司員を選んで,本職の職人と一緒に寿司を握ることで世界に冠たる国民食である寿司に対する国民の理解と信頼を向上させようということなんだよ」
「冗談じゃないね。わたしゃ江戸っ子だよ。そんな素人が握った寿司なんざ食いたくもないね」
「いや素人でも健全な味覚を持った人が握るんだから美味しいはずだよ。これからは素人が握っても美味しいと思わなくちゃいけないんだ」
「食べて旨いか不味いかはお上が決めるんじゃあなくて自分で決めることでしょ」
「だからね。そういう考え方が時代遅れなんだよ。俊吉さんは寿司の世界を改革して民主化するのに反対なのかい」
「もちろん反対ですね。第一,その審議会の委員ってのは一体誰がやってるんです」
「そう,それと魚屋と八百屋,それから養鶏場の経営者もいたな」
「魚屋は分かるけど八百屋に養鶏場ってのは…」
「八百屋はガリに使うショウガとかカッパ巻きに使うキュウリを扱うだろ。養鶏といえば卵。卵焼きは寿司屋の腕をみるには一番と言われているだろ」
「それで寿司業界は賛成したんですか」
「それがねぇ。全寿司連の理事長はシャリ炊きやネタの仕込みは素人には無理。ましてや客に出す寿司を握らせるのはとんでもないと言うんだよ」
「そりゃそうでしょうよ」
「でもね。この制度だと,たとえ,客に不味いと言われても寿司員が握ったんだから勘弁して下さいと言えるし。今までていねいに握っていたものを手抜きしても大丈夫ってことなんだよ」
「でもね。無理やり呼び出された素人がハイそうですかってすぐに握れるわけない」
「それは大丈夫。せいぜい3日程度のことだし。ネタの仕込みから握りまで全部本職がやるんだから」
「えっ,ちょっと待って下さいよ。ネタの仕込みから握りまで本職がやるんじゃあ寿司員は何やるんですか」
「だから,最後のちょこちょこという,そのちょこの部分をやればいいんだよ」
「えっ最後のちょこちょこのちょこ。それならハナから最後まで本職が握ればいいじゃないか」
「それはダメなんだよ。なにしろ,国民の中から選ばれた寿司員なんだから実際に寿司を握ってもらって良い経験をしたといって満足してもらわないといけない。なあに,俊吉さんだって実際にやってみれば良い経験をしたってことになるよ。だから,これからは上寿司以上の寿司は全部このシステムになるんだってさ」
「それなら,わたしは並みで十分ですよ」
まぁそんなことがありまして,寿司員制度ができて3年が経ちました。
「やあ俊吉さん。寿司員制度もすっかり国民の間に定着したね」
「でも,寿司員に呼び出されてもやらないという国民もすっかり定着しましたよ」
「だけど寿司員が足りなくて宴会ができなかったということはないんだよ」
「そりゃ,トイレに行っても手を洗わない奴や,こんな長い爪した女でもいいんだから。でも,それを6人集めるのに苦労しているようじゃあ,この制度もいよいよお終いだな」
「また,始まったね」
「そういえば,寿司員に呼び出されたのに,妊娠したから辞退したいといった男がついに現れたそうだね」
「そうなんだよ。黙って欠席すればいいのに面倒な男だよ。店の大将はカンカンに怒ってたよ。ウソをつくなって。ところがそいつもしたたかで,ウソじゃありません。ウソだというなら検査して下さいって言うんだ。だけどそんな奴をいちいち検査しちゃあいられないからね」
「それで,そいつはどうしたの」
「旅費と一日分の日当をもらって意気揚々と帰って行ったよ。その金で寿司員のいない寿司屋で並を腹一杯食うんだって言ってたよ」
「その金はどこから出るの」
「決まってるだろ。もちろん我々の税金だよ」
「へぇー。すばらしい制度だな。ところで特上や上寿司の味はどうなの」
「落ちる一方。最後のちょこちょこのちょこのとこだけやればいいのにこねくり回すやら,いつまでもグチャグチャと握っている奴もいるし,勝手にシャリを足してこんなおにぎりにしちまう奴もいるしで」
「へぇー。握りじゃなくて,おにぎりか。でも横にいる本職は注意しないんですかい」
「できないよ。何しろ良い経験をしたと気分よく満足して帰ってもらうんだから注意なんぞできる訳ないだろう。だから,今じゃあ上寿司や特上よりも並の方が作りや味も良いというで評判だよ。お陰で寿司員が握らない寿司屋は繁盛する一方だってさ」
「それじゃあ,そんな制度止めた方が良いんじゃないの」
「それは無理だね。何しろ寿司業界がこの制度で,高くて不味い寿司でも十分通用するってことが分かったもんだから,今さら止める訳にはいかないんだよ」
「それじゃあ,新しい店ができているんですね」
「そう,寿司員が握る店はどんどん客足が遠のいて,寿司員が握らない店はどんどん増えているんだ」
「そうなんですか」
「新しい店をどんどん出すもんだから,誰かが言ってたよ。これがホントのカイテン寿司だって」
投稿:2013年7月3日