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澱の中で考える人々 - 最高裁アンケートのからくり

 最高裁は、本年3月、裁判員・補充裁判員・選任期日に出頭したけれど裁判員や補充裁判員に選ばれなかった人たちを対象に行ったアンケート調査の結果として、「裁判員等経験者に対するアンケート調査結果報告書」(平成24年度)を公表しました。

 「裁判官の法廷の説明はわかりやすかった-86%」「評議は話しやすい雰囲気だった-74%」「評議で十分に議論ができた-72%」「よい経験をした-95%」…。全部で197頁、馬に食わせるほどとはこのことかというような分厚い書面ですが、「ひたすら巨大な単なる虚無」と断じるにはあまりにも惜しい資料です。麻生財務相の「ヒトラーの手口」ではありませんが、最高裁の人騙しのテクニックを知る機会になります。

  まず、裁判員と補充裁判員のアンケートを見てみます。問題は、これらのアンケートが取られた状況、場面です。判決言い渡しの後、法廷から戻った控えの部屋で、裁判長は裁判員と補充裁判員に感謝とねぎらいの言葉をかけます。これは極めて意味深い厳粛な儀式です。丁重な謝辞を裁判長が述べ、時には感謝状や記念の絵はがきなどが裁判員のみなさんに配られるのです(2009年8月、全国2番目に行われたさいたま地裁の裁判員裁判では地裁所長が感謝状を手渡しました。「みなさまが示された姿勢、意見が日本の社会を支えていくと思います」。)。

 絵はがきには三宅坂の最高裁の威容(別名「司法の墓場」右下写真)が写ったりしています。子供だましだと思われるでしょうが、裁判員に与える感銘効果(最高裁の威信に恐れ入ってくれるかと?)を期待しているのでしょう。そしてアンケート用紙が配られ、その場で回答を書かされるのです。「アンケートご協力のお願い」の冒頭には、「imageお疲れのところお手数をおかけします」とあります。共同記者会見が待っているということで、アンケートに費やせる時間は少ないのです。

 裁判所の中で、裁判官と裁判所職員が見守り、熟慮の時間も与えられずに行われるアンケート調査は、日当支払いに先立って行われるので、裁判員のみなさんには「実績考課」にも思えるはずです。「アンケートの回答如何では日当が減らされるのかな」とかね。

 裁判員の任務の中にはアンケートへの回答という仕事がきっちりと組み込まれているのです。特異なことを書いてはいけない…澱(よど)んだ空気がまとわりつき、疲労が澱(おり)のように体に沈んでいるでしょう。明らかに裁判員たちは自身の真意を述べにくい状況に追い込まれています。共同記者会見の場でも、裁判所職員の目を気にしてオドオドする裁判員たちの姿をマスコミ報道でご覧になられた方もいるでしょう。泣いた裁判員もいました。あの直前にアンケートが取られているのです。

 最高裁は、「本アンケートの調査の協力を求めたところ、調査対象期間中、合計37,665名から回答が得られた」というだけで、このアンケートをどこでどのように集めたかについては一言も触れません。アンケートの取り方の不公正を批判され、回答の片寄りを突かれることを最高裁は恐れているのです。

 次に、選任期日に出頭して選任に漏れた候補者のアンケートを見てみます。あらかじめ候補者に送られてきている「質問票」に「辞退希望」と答えた人は、当日一旦は他の出頭者と同じ部屋に集められますが、その後、別室に連れて行かれ、一人ひとり裁判長から辞退の意思を確認されます。「どうしても辞退したい」と言えば、多くの裁判所は「当日辞退者」としてこの出頭者を選任の対象から外しています。

 この間、他の出頭者は先の部屋で待っています。面接が終わった辞退希望者たちも再び他の出頭者と同じ部屋に戻され、そこで選任結果の発表という段取りになります。辞退を希望して外された人もいますが、辞退を特に希望せずに外される人もいます。

 選任手続きが終わると、「選任されなかった方はお引き取りいただいて結構です。なお、アンケートにご協力ください」と言われます。当日、あらかじめ出頭者に渡された封筒の中に候補者用のアンケート用紙が入っています。出頭者に封筒を渡した時点ではだれが選任されるかわからないし、辞退が認められるかもわからないので、すべての出頭者の封筒にアンケート用紙を入れています。それに答えてくださいと言われるのです。

 最高裁のいうアンケート結果は、この日の辞退者を外して集計したものなのか、それも含めているのかがはっきりしません。実際には、辞退希望が受け入れられて「釈放」された候補者の中には、帰宅後、封筒にアンケート用紙が入っていたことに初めて気がついたという人もいます。この人たちを外して計算しているとすれば、「批判票」はより少なくカウントされていることになります。

 最高裁から調査票が送られてきた段階から拒絶を通告している人がいて、地裁から送られてくる質問票で拒絶を言う人もいて、結局、候補者名簿に登載されている人の6~7割前後がすでに外されています。当日出頭する人は「やっても良いと思っている人」か、「本当はやりたくないけどやらざるを得ないと思っている人」かということになります。悩む

 「裁判員として選ばれることをどう思っていたか」という問いに対する回答は、「やってみたいと思っていた」が34%、「(あまり)やりたくないと思っていた」が約39%です。「やりたい率」は一般人対象の世論調査の数字より高いですが、それでも「やりたくない派」の方が多く、「選ばれなくて良かった派」が全体の26%ほどにも達していることに驚きます。

  裁判員になるのを厭う名簿登載者の多くを外して、やっとの思いで掻き集めた「従順な子羊」のような候補者の中にも不選任を喜ぶ人がこれほどいるところが裁判員制度の悲劇(?)でしょう。

 ちなみに回答者の内訳は裁判員経験者が8,331名、補充裁判員経験者が2,604名、裁判員候補者経験者が26,730名とのことです。

 回答率を見ます。この報告書では説明されていませんが、別の最高裁の報告書(平成24年における裁判員裁判の実施状況等に関する資料)によると、選任期日の出頭者は41,526名,うち選任された裁判員が8,633名、選任された補充裁判員が2,906名、選任されなかった裁判員候補者は29,420名です。

 個々の人数と合計人数は整合しませんが。これらの数字によってアンケート回答率を仮に算出すると、裁判員は8,331/8,633=96.5%、補充裁判員は2,604/2,906=89.6%、不選任裁判員候補者は26,730/29,420=90.9%になります。

 この数字が意味するところは小さくありません。判決を言い渡した直後の裁判所直々のアンケート要請(先に書いたとおり、裁判所職員の監視下で、日当の査定に影響するかもと思う中)に、3.5%の裁判員と10.4%の補充裁判員が答えていないのです。あの空気の中でもこれだけの人々が回答を断っているという事実は、最高裁にとって決して無視できないことでしょう。この人たちは、裁判への自身の関与を後悔したり、制度を批判したりしている可能性があります。まさに蟻の一穴かも。もちろん最高はこのことにも一言も触れていません。

 今年5月、裁判員を経験させられ外傷性ストレス障害に罹患したとして、国(=最高裁)を相手取る国家賠償訴訟が提起されました。その深刻さとこの報告書の「脳天気」の乖離は報告書の欺瞞を浮き彫りにするものです。憲法記念日に先立つ記者会見で竹崎最高裁長官はこのことに特に論及して狼狽を隠しませんでした。「百日の説法屁一つ」とはまさにこのことです。

 最高裁の発表は、美味なるワインはみな瓶の外に流れ出て瓶底に澱だけが残っている時に、これをひたすら分析してワインの風味を論じるものです。しかし、澱は澱でしかありません。いくら仰々しく飾っても、飾り文句の空々しさの印象だけを残してウソは消え去っていくしかありません。

 最後に、自由回答欄に記された記述のなかから興味深いものを少しだけご紹介します(原文まま)。
○ 裁判員
・被告人の人生をある程度決めるというのはやはりストレスがある。
・見聞きする事実と心神耗弱の影響をどう整理すれば良いのかわからなかった。
・裁判官の皆様に誘導されている様な気もする。
・裁判官(長)の評議のリードが上手で、想定外の結論が出る可能性が低いと感じる。
・裁判官が知識に基づいたことを仰ると、裁判員は流されやすくなってしまう。
・我々裁判員が量刑まで決めるのには無理があるのではないか。アンケ~1
・自分の判断が正しかったどうか、今でも迷っている。
・専門職の人にまかせた方が良い。
・何のためなのか目的がわからない。
○ 裁判員候補者
・税金の無駄だと思う。
・専門として職業についている人がやればいいのでは。
・正直、選ばれなくてほっとした。

 それにしても国民の8割台が裁判員になりたくないと言っているというのに、3万7,000人を超える出頭者・参加者の回答の中に「裁判員制度は反対だ」とか「裁判員裁判はやめるべきだ」という回答が唯の一つもなかったというのはどう考えてもおかしいでしょう。それだけは絶対に紹介できないのです。これで何が「自由回答」か!  最高裁には「余裕」がないことがよくわかります。

教訓:ワインをデキャンタをしてもらったところ、2割ほど残された。意地汚くその2割を飲ませてもらったところ、はい、飲めた代物ではありませんでした。

 

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投稿:2013年8月15日