トピックス

トップ > トピックス > 死刑判決の裁判員裁判を尊重するのは大問題

死刑判決の裁判員裁判を尊重するのは大問題

弁護士 猪野 亨

 下記は「弁護士 猪野亨のブログ」記事です。
 猪野弁護士のご了解の下、転載しております。

東京高裁は先般、2件の裁判員裁判の死刑判決を破棄し、無期懲役に減刑しました。
 東京高裁2013年6月20日
事案
 飲食店経営者(74歳)を強盗目的で殺害。
 前科として妻子を殺害、懲役20年で出所して半年後の犯行。

東京高裁2013年10月8日
事案
 千葉大生宅に押し入り、強盗殺人、その後、放火。
 出所後2ヶ月後の犯行。

これらは原審の裁判員裁判ではいずれも死刑判決を下し、被告人が控訴していた事案です。
 この無期懲役に減刑した高裁判決に対し、検察側は、2013年12月25日、裁判員裁判の結論を尊重せよという趣旨で上告趣意書を提出しました。しかもその内容を公表までしています。(朝日新聞2013年12月26日付など)
 最高裁は、これまで死刑判決以外の量刑判断については、裁判員裁判の結論を尊重するという姿勢を示しました。
 もともと、裁判員裁判では、量刑があたる裁判員によってバラバラになるのではないかが危惧されていました。
本来、事案ごとに特性があるとはいえ、裁判所も含め法曹界では同じような事案においては同じ量刑というのは当然の前提とされてきました。
 同じような事案において、この被告人は無期懲役としながら、別の被告人は懲役10年では適正手続き(憲法31条)の観点からも法の下の平等(憲法14条)という観点からも問題があるからです。
 そのため最高裁は量刑検索システムを導入し、何とかバラツキを防止しようとしていました。
 しかし、実際に裁判員裁判が始まってみると、このような量刑検索システムはあまりに役に立たないどころか批判の矢面に立たされることになりました。
裁判員の感想に端的に表れています。
●量刑検索システムは1つの参考に過ぎない
●従前の先例に従うのであれば裁判員が参加する意義がない。

実は、この量刑判断については裁判員と裁判官は対等、あるいはそれ以上の立場で対応することが可能なのです。
 事実認定など証拠評価に係わるものは、裁判員が裁判官と対等に張り合うなど全く無理です。所詮は裁判官の掌の上なのです。素人の裁判員がプロの裁判官を論破するなど無理な話です。
 しかし、量刑は違います。理屈でなく感情だけを言い張ることが可能だからです。もともと法定刑としても幅広いのですからなおさらです。
 その結果、裁判員裁判の量刑は特定の犯罪分野では重くなりました。
 マスコミはこれを裁判員制度の成果だと絶賛しました。

最高裁は、この量刑の在り方については、既に『裁判員裁判における第一審の判決書及び控訴審の在り方』(平成21年4月15日)では、「控訴審の在り方としては、事後審としての立場を維持すべきであるということが基本となり、ただ、裁判員制度の下では、控訴審の運用において、第一審の裁判を尊重するという立場から、事後審としての本来の趣旨を「より徹底させることが望ましい」としていました。
 東京高裁などは量刑不服の被告人の控訴に対して、「裁判員裁判だから」という理由でことごとく被告人の控訴を棄却してきました。
求刑を上回る判決 控訴審
 最高裁判決も結局は、量刑が重すぎるという理由で控訴審判決を破棄するようなことはしていません。
 但し、死刑判決については結論は出していません。今後、この事件の最高裁の判断が非常に重大になってくるのです。
このような量刑について場当たり的な裁判が裁判の名に値しない、要は感情や感覚に基づく人民裁判のようなものであり、到底、近代国家の刑事裁判と言えるものではありません。

 ところで、この量刑で一番、シビアな場面になるのが死刑か無期懲役かの選択する場合です。
 最高裁は、この点について『裁判員裁判における量刑評議の在り方について』(平成24年10月20日)で分析はしていますが、結論は示していません。
 前掲『裁判員裁判における第一審の判決書及び控訴審の在り方』では、以下のように問題提起するのみです。
 死刑か無期懲役かが問題になるケースにおいて、以下のように分類しました。
(a)第一審の判断は無期懲役であるが、控訴審は死刑と考えた
(b)第一審の判断は死刑であるが、控訴審は無期懲役と考えた

第1説 裁判員裁判を尊重 (a)無期懲役 (b)死刑
第2説 控訴審の審査枠を遵守 (a)死刑 (b)無期懲役
第3説 被告人に有利な方向で裁判員裁判の判断を維持 (a)無期 (b)無期

 今回の検察側の上告趣意書は、この第1説ということになります。
 ところで、被害者団体(全国犯罪被害者の会(あすの会))も「裁判員裁判の尊重」を求めた決議をしたと報じられています。(2014年1月25日付)
 同じように第1説ということになります。

しかし、このような裁判員裁判の「尊重」は、他方で、従来の先例に従えば死刑となるところを裁判員が無期懲役を選択した場合でもそれを尊重せよということにもなります
 検察庁や被害者団体は、そのような腹を固めたということでしょうか。それともご都合主義的に裁判員裁判の結論を利用しようとしているだけなのかが問われます。
 また、最高裁が死刑判決の場面において正面切って裁判員裁判の結論尊重を打ち出せば非常に重大な結果を招きます。
 最高裁の示した基準は、死刑が極限的な刑罰であることからやむを得ない場合の選択という位置づけですから、殺人は死刑みたいな短絡的な発想の元で選択されるべき刑罰でないことは明らかだからです。
 当たる裁判員の人生観によって差が出ることは明らかに不合理です。
 もともと裁判員制度自体には賛成する論者からも死刑判決や量刑判断に裁判員が関わること自体が問題だという指摘もありました。

裁判員裁判は重大な岐路に立っていると言えます。037270

 

 

 

 

 

 

 

投稿:2014年1月30日