~裁判員制度はいらないインコは裁判員制度の廃止を求めます~
自分で言うのもなんですが、インコは、インコのお山では鸚哥大学法学部(鸚哥大学は法科大学院を認めておりません)のにゃんこ先生とフクロウ教授の両巨鳥から「裁判員制度はいらない」という称号をわが名に冠することを認めていただいておりまして、人間界でも十指に入る裁判員制度問題のエキスパートを自負・自認しておりました、おりましたのですが…
しかし、裁判員の解任問題というか裁判員の身分のあたりのところがよくわかっていなかったかもしれないということが判明! ガ━━Σ(゚◇゚|||)━━ン!!
にゃんこ先生は、ご著書『やまどり反裁判員のあしびき手引き』(有羽閣刊)の中で「裁判員を辞められるのは辞めさせられる時だけである」と書いていらっしゃいます。でも、裁判員法第44条1項には、一定の事情があるときは「辞任の申立てをすることができる」とあります。「辞任の権利がない」というのは間違いか、少なくとも言い過ぎのような気がするのですが。
いやいや、間違いでも言い過ぎでもない。裁判員法が言っているのは「辞任の申立てをすることができる」ということだけだ。第44条をよく読んでご覧なさい。2項には「裁判所は…その理由があると認めるときは…解任する決定をしなければならない」とある。つまり、裁判所が理由ありと認めなければ裁判員や補充裁判員を辞めさせないでよいということと、裁判員や補充裁判員がその職を退けるのは唯一解任されるときだけだということが書いてあるのじゃ。
単に「辞めさせて」と言えるだけの話で、それは権利と言えるものではないと。
そのとおりじゃ。辞めたいなんて言ったって、そんなものは寝言と一緒。誰だって寝言は言えるが、それはその程度のものなのじゃよ。
寝言を言う権利と一緒ですか。つまり、勝手に言ってろってことか?!
まだよくわかっていないみたいね。裁判所に許可されなければ通用しないってことは権利じゃないってことでしょ。
条文にもう一度目を通してみなさい。まず辞任の申立て自体に強烈な制限がかかっている。選任前に申し立てていれば辞退できたはずの事由が選任決定後に発生し、そのために今後裁判員や補充裁判員の職務を行うことが難しくなった場合しか辞任の申立てができない。選任されたのは辞退理由がなかったためだからその理由がいつ発生したかが重要になる。
確かに紛らわしい。辞退という言葉が出て来たのでおさらいしておこう。辞退できるのは「重い疾病か傷害で出頭困難」「同居の親族の介護か養育の必要」「事業の重要な用務で自ら処理しなければ事業に著しい損害が生じるおそれがある」「父母の葬式への出席その他の社会生活上の重要な用務」がある場合のほか、政令で定める「妊娠中その他の支障事由や、自己又は第三者に身体上、精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当な理由がある」場合だけだ。
選任前には存在しなかったかくかくしかじかの新事情が選任後に発生したという場合だけ、辞任させてほしいと言ってもよろしい。だが間違うな。あなたには辞める権利があるのではない。裁判所があなたには裁判員や補充裁判員を引き続きやらせられないと判定した時だけあなたを辞めさせてやるというだけのことだ。
ふーむ。辞任の権利もないのに「辞任の申立てをすることができる」なんてどうして書いたんだろう。これじゃみんな辞任できるって思っちゃうでしょうに。
さすがはインコ君、目の付け所が真ん前だ、いや間違えた目の付け所がたいへんよろしい。辞任の申立てというのは、解任のきっかけに使われるだけなんだ。「辞任の申立てをすることができる」とあるだけで「辞任できる」と書いていないところがミソというかクソと言うかポイントなんだが、裁判員法の解説書も「辞任の権利はない」なんて強調しないから誤解が広がっているんじゃろう。
そんなこと強調したら、ますますみんな裁判所から離れちゃうから、曖昧模糊の感じにしておきたいんでしょうね。
うるさい、前からそんなところかなって思っていましたよ、「かな」ってね。
普通の会社なら、その会社を辞めたい社員は原則いつでも辞められる。会社は特別な事情がない限り辞めたいという社員に居続けろとは言えない。職業選択の自由は憲法22条1項が厳粛に定め、職業安定法2条が具体的に「自由に選択できる」と規定しておる。ところが「裁判員会社」という会社の就業規則だけはそう書いてない。ある条件を満たした者、人数にして1億人ほどの国民はこの会社への入社が義務づけられていて、社員になると今度は辞職が原則として禁止とされている。
そうはいっても会社の目から見てもこの社員の働きぶりではどうしようもない、このままにしておくと会社が損害を被ってしまうと判断する時もある。そういう時には会社はその社員の首を切る。
会社じゃ。首を切るきっかけを言えば、奇矯な言動が目立つなどその社員の仕事ぶりに関する上司(裁判長)の目がある。そしてそのほかに「私がいると会社にひどく迷惑をかけることになる。私を辞めさせたほうが会社のためによいと思う」という社員自身の申し出もきっかけにしておくという仕組みになっている。そのことが裁判員法44条1項に書かれているのじゃ。
どこまでも裁判員の人格を軽視したというか、ないがしろにした話ですね。最高裁が解任の数や理由を公表しないことや、どの裁判所も解任理由について判で押したようにプライバシーを理由に公表しないのも、そういう仕組みや姿勢に関係しているんでしょうか。
そうだ。それが最高裁の方針なのじゃ。この秘密主義は裁判員裁判が恐ろしげな制度だということをみんなに知らせる効果だけは十分に発揮していると私は思うがね。
そう言えば、逃亡した兵士を厳しく処罰するのは戦場の基本ルールと聞きました。
そうじゃ。裁判員は徴兵と同質、戦争と秘密主義は切っても切り離せない。「勝ってくるぞと勇ましく」なんて元気のよい話ばかり聞かされるが、実際の戦場は例えようもなく悲惨なものさ。「こんなはずじゃなかった」と思っても除隊は認められないから、辛くなった兵士は脱走するしかない。最高裁はその実態を知られたくないし、知らせたくない。
裁判員法は解任できるケースをたくさんあげていますね。裁判員が「不公平な裁判をするおそれがあるとき」とか「公判廷において、裁判長が命じた事項に従わず又は暴言その他不穏当な言動をすることによって公判手続きの進行を妨げたとき」なんて、とても気になります。
裁判員になるのは参政権のようなものだなんて最高裁は言ってるが、この制度がどんなにすさまじい強制動員装置なのかっていうところを知ってほしいと私は思う。
何かそうかなって思っていたことでしたが、今日はよくよくわかりました、はい。
投稿:2014年4月19日