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『陪審手引』で見る裁判員制度(1)

突っ込みどころ満載~権威主義と民主主義のごった煮

戦前、日本でも陪審制度があったことは多くの方がご存じだと思います。
日本の陪審は1923年(大正12年)4月18日に公布され、5年間の準備期間を経て1928年(昭和3年)10月1日に始まり、1942年(昭和17年)まで行われました。しかし、多額の陪審費用が被告人負担となることが多かったことや陪審を選択した場合は控訴できなかったことから被告人からは敬遠され、陪審対象事件となる2万5097件のうち、陪審に付されたものは448件、陪審請求事件では請求件数が43件で実際に陪審が行われたのは12件、実施3年後から急速に下落し、41年と42年には陪審審理は1件ずつしかないという不人気ぶりで停止しました。
裁判員制度はこの陪審の轍を踏んではならぬと、被告人に選択権を与えないことになりましたが、それ以外ではこの陪審制度をかなり見習ったところがあると聞いていました。
しかし、具体的にどう見習ったのかわからず、「あ~調べるの面倒やなぁ」と思っていたところで、大日本陪審協会(←そんな協会が存在したことも驚き)が1931年(昭和6年)8月に発行した『陪審手引』という小冊子を手に入れました。
この大日本陪審協会は会員数なんと5万人、日本陪審新聞社(←そんな新聞社が存在したことにも驚愕)が発行する日本陪審新聞を毎号会員に頒布(無料?)していたということです。
というわけで、この『陪審手引』がどういうものか4回に分けてご紹介したいと思います。
はっきり言って、何とも言えない権威主義と民主主義らしきものがない交ぜになっていて、突っ込みどころ満載です。
太字になっている部分はその中でも特にインコが注目したところです。
なお、一部不適切な表現もありますが、当時を知るためにもそのままにしてありますのでご容赦を。

陪 審 手 引

 附 法廷参与日誌
発行 大日本陪審協会陪審手引

はしがき
陪審法はわが国未曾有の法である。実施まで巨額の予算を投じ宣伝につとめた国が、実施後きちんと指導しないのは遺憾である。踊りの前の人寄せより踊りが始まってからの鳴り物が大事とも言う。陪審法の精神が一般国民に徹底していないことは陪審事件数が証明している。一般人は法律をとても難しく考えている。伝統的慣習からとかく法律には無関心だ。本書は陪審員候補者に陪審法の概要を知らせ、裁判に参加したときに誤りなく公平に任務を果たせるよう、極めてわかりやすく説明したものである。
陪審員として呼び出しを受けた時には本小冊子を持って出頭すれば助かるだろう。付録の日誌に記入すれば記念にもなり、ながく一家に伝える名誉の記録にもなろう。

昭和6年8月

【目次】
1生活と法律 2常識裁判 3陪審裁判とは 4外国では 5わが陪審法の精神 6世界に類例がない 7裁判の実施 8裁判の手続き 9陪審対象事件 10辞退と自白 11資格条件 12候補者 13無資格者 14除外者 15除斥者 16辞退できる人 17陪審の手続き 18公判手続き 19問書 20評議と答申 21任務終了 22答申の採択と更新 23控訴禁止 24手当 25罰則  26陪審員宿舎 27陪審員の心得 28大日本陪審協会の事業

1 生活と法律
日本国民の日常生活はほとんど法律に関係を持っている。日々安心して生活できるのは法律があるからだ。他人に悪いことをされれば法律で保護してもらえるし、暴行されたり名誉を毀損されたら告訴もできる。結婚しても子どもが生まれても法による届け出をしなければならない。不動産を売買すれば登記が要るし、手形の振出しや受け取りでも法定の要件を備えねばならない。車や汽車や汽船に乗るのもすべて法律と関係している。
しかし、世間には『自分は悪いことをしないから法律の世話にならない、裁判所の門をくぐったことがない』などと自慢する人がいる。立派な立憲法治国となった今日ではこのような考えは大きな間違いだ。わが国に今のような裁判制度ができたのは明治維新後のことで、武家政治の封建時代には為政者は『法は由らしむべし、知らしむべからず』という方針のもと、もっぱら民衆を統制してきた。そのため民衆も法律に無関心の態度できた関係があり、今日に至ってもまだこの気分から抜けきれていないということもある。

2 常識裁判
封建時代のお白洲裁判から大きく変わり、西洋風の裁判制度がしかれて50余年が経った昭和3年10月、時機は到来したと未曾有の民衆裁判「陪審制」が実施された。国民自らが陪審員として犯罪事実の有無を判断するという重大な任務を負うことになった。
しかし、国民の間には今なお陪審法がわからず、陪審員が何をするのかも知らない人が多い。陪審裁判は常識裁判とも言われ、刑法や刑事訴訟法などを知っている必要は特にないが、陪審員候補者となった以上、陪審法の精神や裁判に臨む心がまえくらいは知っておくのが当然の義務だ。

3 陪審裁判とは
陪審裁判とは、専門の裁判官の外に、素人の一般国民をその裁判に参与させる(=立ち会わせる)制度。陪審員は犯罪事実の有無を評議して、裁判所に答申する。裁判所が答申を正当と認めれば採用し、それぞれの刑罰を被告人に言い渡す。わが国の陪審制は被告人が有罪か無罪かを決定するもので、その任務は重大である。
畏(かしこ)くも天皇の御名(おんな)において行われる神聖の裁判に列し、このような重大な義務を果たすのは、国民として兵役に就くのが大きな名誉であり義務であるのと同様のことである。

4 外国では
英国では700年も前に陪審制が採用され、フランスではフランス革命時に採用された。現在欧米でこの制度を採用していない国は、トルコ、スペイン、オランダの3か国だけだ。
陪審制を大別すると民事陪審と刑事陪審になる。民事陪審は財産上の請求や身分関係の訴訟事件で事実認定をし、刑事陪審は犯罪に関して事実認定をする。
刑事陪審には大陪審(起訴陪審)と小陪審(公判陪審)がある。起訴陪審は被疑者を起訴するか否かにつき陪審員の判断を求めるもの。公判陪審は予審判事が有罪と認め公判へ回した事件で、陪審員が犯罪事実の判断をするもの。わが国の陪審制は公判陪審である。陪審手引天皇大権

5 わが陪審法の精神
英国では、官憲の圧政に苦しみ、裁判官の横暴と専断によって生命や財産が蹂躙された人民が要求し採用された。ほかの国も似たような理由で陪審制が採用されている。
しかしわが国が陪審制を採用した理由は諸外国とは根本的に異なる。民衆が要求したものではなく、従来の裁判に弊害があったこともない。日本の裁判は世界に類を見ないほど厳正公平であり立派なもの。国民もわが裁判を絶対に信頼している
陪審制を採用したのは立憲制の精神に基づく。万世一系の天皇がわが帝国を統治し給うことはあらためて言うまでもなく、国家の統治権は天皇御一人が総覧し、国政の統治は天皇の大権に属する。立憲政体の本義として、憲法の条文に基づき、国民を国政の一部に参加させるのはひとえに天皇の大御心(おおみこころ)の発露にほかならない。国権は、立法、司法、行政の三部であり、立法においては国民の代表者によって組織される帝国議会の協賛権にこれを認め、行政においては各地方の県会、町会、村会等によって自治制度が行われ、国民は立法と行政の両権に参加している。
しかし、司法はもっぱら裁判官に携わらせてきた。裁判事務は人民の貴重な生命財産を擁護し、国家の綱紀と社会の安寧秩序を維持するという国家政務の中でも一番重要な位置を占めるためだ。しかし憲法がしかれて40余年、国民も国政参加にかなりの経験と訓練を経、世の中に起きることがらも複雑になってきたため、一般国民を裁判の一部に参加させることで裁判に対する国民の信頼を一層向上させ、法律知識を涵養させ、裁判に対する理解を増し、裁判制度の運用を一層円滑にするという精神から採用されたのである。

6 類例がない
わが国の陪審法は、4で述べた刑事陪審のうちの公判陪審を基準に研究草案された。刑事の公判陪審だけに採用されたのは、国民一般は法律に無関心で法律上の常識に欠け権利や義務の観念もないので、すべての裁判に陪審を採用するのには懸念があったからだ。また民事事件は、専門的な法律知識が必要であり、素人にはとても難しい
こうした欠点に鑑み、わが陪審制では、裁判官は陪審の評決意見に拘束されないことにした。陪審員が感情にとらわれて不公平な答申をしても裁判所が不当と認めれば何度でもあらためて他の陪審の評決に付し、あくまでも厳正公平を期することにしている。この点が外国に例のないわが陪審法独特の大いに誇りとするものである。

 7 陪審裁判の実施
陪審法は、大正九年、在野法曹の権威故江木衷、原嘉道、花井卓藏三博士の進言に基づき、原敬首相の同意によって法制審議会と陪審法調査委員会の議を経て、議会に提出された。調査委員会の波乱曲折は花井博士の思い出話で有名だが、穂積陳重委員長の苦労は一通りでなかったらしい。第46帝国議会で可決され、大正12年4月18日に公布、5年間の準備期間を経て昭和3年10月1日から実施された。わずか110か条からなる小法典だが、天皇の御名において行われる裁判に民衆が参加するという開闢(かいびゃく)以来の大法である。
政府も500万円という巨額の国費を支出して準備に万全を期し、全国各地裁に陪審法廷や陪審員宿舎を建築し、判事や検事を増員し、多数の司法官を欧米に派遣して視察させた。各地で講演会を開催し、小冊子を印刷頒布し、映画・ラジオ・新聞・雑誌とあらゆるメディアを使って宣伝につとめた。一つの法律の実施でこれだけ大がかりな宣伝や準備をしたのは憲法発布以来初めてと言う。陪審法がいかに国家にとって重大な法律かがわかる。

8 刑事裁判の手続き
陪審法は刑事部門の一部なので、刑事裁判の手続きの概要から説明する。
【捜査】司法警察官の報告のほか、告訴や告発やその他いろいろの事由によって犯罪事件の発生を知ると、検事はそれぞれの機関を指揮して捜査を開始する。
【起訴】取り調べた結果、証拠があればもちろん、自白がなくても嫌疑が濃厚と判断されれば、起訴手続きをとる。
【予審】重い罪や、軽くても複雑なケースでは地裁に起訴し、そうでないものは区裁判所に起訴する。地裁に起訴する事件でもすぐ公判請求をするものと予審を請求するものがある。直接公判を求めるのは極めて少なく、予審判事が綿密に取り調べ、公判に回すべきということになれば公判に付す。新聞などで知られる予審決定とはこのこと。また取調べの結果、その事件は罪にはならないとか、公判に付す嫌疑がないことになれば、予審免訴または公訴棄却とする。
【公判】公判に付された事件は、公判に先立ち公判準備手続きが行われる。被告人が自白していれば普通の公判が、事実を否認していて事件が陪審法第2条に該当するものなら陪審裁判を開くことになる

=インコ一言=
「陪審は民衆が求めたものではない」とか、「日本の裁判は世界に類を見ないほど厳正公平であり立派なもの」だから、裁判に参加させることで「裁判に対する国民の信頼を一層向上させ、法律知識を涵養させ、裁判に対する理解を増す」なんてまさに裁判員制度そのものじゃないですか! 陪審法が「わずか110か条からなる」なら、裁判員法は「わずか113条からなる」。 しかも「巨額の国費を支出して準備に万全を期し、全国各地裁に陪審法廷を建築」とか、「各地で講演会を開催し、小冊子を印刷頒布し、映画・ラジオ・新聞・雑誌とあらゆるメディアを使って宣伝につとめた」とかもそっくり! このときもサクラがいたんでしょうかね? 裁判員制度のタウンミーティングではサクラがどっさりで「最高裁のサクラは2月に咲く」でしたが。
それにしても「国民一般は法律に無関心で法律上の常識に欠け権利や義務の観念もない」から重大事件を裁かせるってどういう思考回路なんでしょうかね。今も同じですけど。
そして、「陪審員が感情にとらわれて不公平な答申をしても裁判所が不当と認めれば何度でもあらためて他の陪審の評決に付し、あくまでも厳正公平を期することにしている。この点が外国に例のないわが陪審法独特の大いに誇り」には爆笑しちゃいました。
明後日は陪審対象事件や陪審員の資格、選出方法などです。お楽しみに。

陪審手引法廷

 

投稿:2014年4月23日