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『陪審手引』で見る裁判員制度(3)

突っ込みどころ満載~権威主義と民主主義のごった煮

インコが手に入れた大日本陪審協会が1931年(昭和6年)8月に発行した『陪審手引』という小冊子。これを見れば、現在の裁判員制度がどのような精神に基づいて作られたかよくわかります。
今回はいよいよ公判開始から裁判終了まで 目次 18公判手続き 19問書 20評議と答申 21任務終了 22答申の採択と更新 23控訴禁止 をお送りします。

18  公判手続き
構成手続きが終わると、法廷は公開され傍聴人の入場が許される。法廷の席次、様式を簡単に述べておく。
【座席】正面の一段高い所にある裁判官席の中央が裁判長、左右が陪席判事席。裁判官席の左が立会検事席で右が書記席。検事席から左に上下二段に連なる雛壇が弁護人席、これと相対し右側にあるのが陪審員席。弁護人席の下方に木柵をめぐらした席が被告人席、ここに看守人が付き添って被告人が着席する。裁判官席の直下にガラス張りの証拠品台があり、事件で押収したいろいろな証拠品が置かれる。生々しい血痕の着いた衣類などが置かれることもある。法廷中央には演説テーブルのような証人台がある。
【法服】裁判官も検事も弁護人も奈良時代の服装のような法服を着る。肩と胸にかけて判事は紫色、検事は紅色、弁護人は白色の唐草模様の縫い取りがある。
【論告】公判廷が公開されるとまず裁判長が陪審員に諭告を行う。陪審員の任務の重大なことやどのような注意が肝要か、被告人に気の毒だとか憎たらしいとかの感情に動かされず、犯罪事実の有無を冷静公平に判断してほしいと陪審員の心得を説く。
【宣誓】次に裁判長は陪審員に『良心に従い公平誠実に職務を行うことを誓う』という宣誓文を読み聞かせ、署名と捺印をさせる。裁判長が宣誓文を朗読する時は、法廷にいる人々は全員起立する。この後裁判長は被告人を立たせて、氏名、住所、職業、年齢などを尋ね、人違いがないか確かめる。
【検事の事件陳述】次に裁判長は検事に、被告人の犯罪事実を述べさせる。被告人は何月何日何時にかくかくの原因から短刀で誰々を刺して殺したから殺人罪として起訴したとか、火を放って住宅を焼いたので放火罪として起訴したとか陳述する。
【被告人の尋問】検事の陳述がすむと、被告人に対する取り調べが始まる。陪審裁判は特別の場合でなければ公判以前の取調べ結果は証拠にされない。陪審員は事件の内容を知らないので、すべての事情や証拠を完全に陪審員の前に展開しなければならず、裁判長は事件発生の当初から詳細に取り調べる。まず裁判長は被告人に向かい、『検事の陳述した起訴事実と違ったところがあるか』と聞く。被告人が『その通りです』と事実を認めれば直ちに陪審裁判を止め、従来の普通裁判に付せられる
【証人の取調べ】被告人の陳述が終わると、証人や鑑定人などを裁判長が取り調べる。証人はあらかじめ公判準備手続きの際に、検事、弁護人、被告人が喚問を申請しておく。この人たちの証言が裁判の証拠となるので、陪審員は注意して傾聴しなければない。陪審手引証人
陪審裁判は公判廷で直接取り調べたもののみが証拠となるのが原則であるが、①共同被告人や証人が死亡したときや疾病等の事由で召喚が困難なとき、②被告人または証人が公判外の尋問の際に行った供述の重要な部分を公判で変更したとき、③被告人または証人が公判廷で供述しないとき、は予審や検事廷の尋問調書を証拠とすることができる。
肝腎なのは証人の証言、生きた証拠である。多くの場合、被告心理というか被告人の供述は割り引かなければならない。『知りません』『違います』の主張が多くあまり信用できないので、証人の供述に注意力を集中しなければならない。
【証拠調べ】 証人や鑑定人の取り調べがすむと、裁判長が事件に関係のある図書、書類、物件等で証拠となるものを陪審員に開示する。凶行や被害の現場を撮影した写真とか、使用された凶器、被害者が着ていた衣類、燃えさしの襤褸(ぼろ)などを見させ、予審調書や鑑定書などを読み聞かせる。
【陪審員の尋問】 陪審員は事実認定の正確を期すため、検事や弁護人と同様に、被告人はもちろん証人、鑑定人に対しても、不明な点や合点のゆかぬことをどしどし質問できる。質問は裁判長の許可を受けて行うが、事件関係以外の質問をしてはいけない。くだらない駄問は裁判の進行を妨げる
実施当初は、陪審員から適切な質問が放たれ、玄人の裁判官や弁護人などの気付かない重要な証拠を握って判官連を驚嘆させたこともあったが、近頃の陪審員にはこうした熱心さがあまり見受けられない諸君は高い雛壇の上等の座席に納まり、事件についての明確な心証を掴むという重大の職責がある。この尊い任務をよく頭に入れて、熱誠をもって裁判に参加してほしい。事件の皮相だけ知ってもらうくらいなら、国家はわざわざ諸君の面倒を煩わす必要はない。陪審の答申が下馬評同様になっては国家の権威も正義も滅茶滅茶になる。尋問権は陪審員に与えられた責任を果たす唯一の武器である。
【検事の論告】証拠の開示が終わると、検事は陪審員諸君に向かい、第一次論告を行う。普通の裁判の論告と違い、陪審員に犯罪事実の有無を判断させるためで、法文の適用や刑法などの点は述べず、犯罪の構成要素に関する問題に絞って意見を述べる。例えば『一般の人々は凶器を持って相手を殺傷しなければ強盗にならないと思っている。被告人は凶器は持っていなかったが、守衛に発見され逃げるためとは言え、猛烈なメリケンを使って負傷させたことは、立派に強盗罪を成立させる。陪審員諸君はこの点に留意せられ、賢明なる判断を下されんことを希望する』というような風に言う。
【弁護人の弁論】検事の論告に引き続き弁護人の第一次弁論がある。これも犯罪構成要素に関する事実上又は法律上の問題について意見を述べるものである。例えば『検事は先刻来、本件を強盗被告事件としていろいろ意見を述べられたが、証拠は不十分である。犯人が逮捕される場合、逃れようとして抵抗を試みるのは人間の本能である。ことに相手方の守衛は追い掛けて捕まえようとしたとき、突然振り向いて鼻の上を突いたと証言している。いかなる面から見ても、本件は単純な窃盗罪である。あえて陪審員諸君の円満なる常識判断を待つ』という具合である。
【裁判長の説示】 被告人の尋問から多数証人の証言、検事の論告、弁護人の弁論という風に、法廷にはいろいろの現象があり、陪審員の頭の中はかなり混乱してしまう。そこで裁判長は、陪審員に説示をして諸君の頭の中を整理してくれる。検事も被告人も弁護人も自分に都合の良い証拠だけを捕まえて論ずるので、裁判長はそのいずれにも偏せず、その事件の犯罪構成に関して『法律上はこの点が問題になり、事実についてはこれが重要である。証拠にはこのようなものがある』というように、詳細にわたって説明する。説示では裁判長は意見がましいことを絶対に述べてはいけないことになっている。

19  陪審に対する問書
裁判長は、説示に引き続き陪審員に『問書』を渡す。これは、犯罪事実の有無を陪審評議に問うために、裁判所の諮問事項を記した書類である。形式は『然り』か『然らず』で答えるように作られている。問いは、主問と補問と別問の3種。事件の内容によっては主問だけで補問も別問もない場合もあり、主問の外に補問がある場合もある。
主問  公判にかけられた犯罪構成事実の有無を評議するための問。検事が言う犯罪事実があるかないかを問う。重いものが主問、軽い方が補問となる。
補問  公判にかけられていない犯罪事実の有無を評議するための問。例えば、殺人未遂事件で起訴されたが、審理の結果傷害罪になるかも知れないと思われるような場合、補問として、『被告人は何某を傷害せるものなりや』と問うようなものである。
別問  犯罪の成立を阻却する原由となるべき事実の有無を評議する問。正当防衛でやむなく傷害に及んだとか、泥酔していて前後不覚で人を傷つけたというような場合、犯罪事実がありながら殺人未遂とか傷害とかの罪が成立し難いようなことで、例えば『被告人が何某を傷害したるは正当防衛行為なりや』という。
裁判所の諮問こそ陪審最後の目的で、一番重要な事項である。陪審員が法廷に参加しているのもこの問書に正しい答弁をするためで、『然り』と『然らず』という僅か2~3字の答えをすることが陪審員の全任務といってもよい。開闢以来の大法典として陪審制度が実施されたのも、ただこの正しい答申を得ることに全目的がある。答申が正しくなければ無辜を罰し有罪を逸することになり、司法の威信も存在しないことになる。陪審員はよくよくこれを肝に銘じなければならない。

20  評議と答申陪審手引答申
陪審員は裁判長から問書を渡されたら陪審評議室に入り、先ず陪審長を選ぶ。選ぶ方法は投票でも抽選でも差し支えない。陪審長は普通の会議でいう議長で、評議の進行整理の任に当たる。
評議:評議は主問から行う。主問で、犯罪事実を認めて『然り』ならば補問を評議する必要はない。主問が『然らず』となった場合に補問について評議する。陪審長は各陪審員の意見を求め、最後に自分の意見を述べる。
評決: 評決は過半数の意見で決する。陪審長を含め7名以上の同意を要するが、犯罪事実を認めるものと認めないものが同数のときは認めないものとされ、『然らず』と答申する。
答申: 答申は、『然り』か『然らず』の一語でするのが原則である。1個の問の中に数個の犯罪を構成する事実があって、うち1つを認めて他を認めない場合は、個々の事実について、『然り』または『然らず』と答申する。例えば、『被告人は何某方に侵入して金品を窃取したりや』という問に対しては、『侵入は然り』、『窃盗は然らず』と答える。そして、答申は裁判長から渡された問書の余白部分に『然り』とか、『然らず』とか書き、これに陪審長が署名捺印して裁判長に差し出す。
万一裁判長の説示を理解できなかったとか、不明瞭の点があって評議が進められないときは、裁判長にもう一度説示を求めることもでき、問書にわかりにくい文言があるときは説明してもらうこともできる。
陪審員が評議室に入るのは評議の秘密を保つのと局外者の干渉を防ぐためである。陪審員は評議室に入った上は評議が終わるまでみだりに室外に出たり外部の者と連絡をとることが厳重に禁止される。裁判長といえども勝手に評議室に入ることはできない。

21  任務終了
陪審長から答申書が提出されると、裁判長は公判廷で裁判所書記に問書と答申を朗読させる。この答申朗読の瞬間が陪審裁判のクライマックス。被告人はもちろんのこと、検事も弁護人も一般傍聴人も固唾(かたず)を飲み、法廷は緊張そのものになる。
朗読がすむと陪審員の任務が終了し、裁判長がその労をねぎらって、陪審席から退く。

22  答申の採択と更新
陪審員が陪審席から引き下がると、裁判長と2人の陪席判事は合議室に入り、陪審答申の採否を合議し、答申を正当と認めれば裁判長は公判廷で採択を宣告する。この場合、答申が『然らず』であれば裁判長は直ちに『被告人を無罪とす』と言い渡す。
答申が『然り』であれば、検事は直ちに法文の適用や刑罰について意見を述べ、『被告人の所為は刑法第何条に該当するから懲役何年を科すべきであるが、かくかくの事情があるから特にこれを軽減して懲役何年が至当である』などと求刑する。弁護人がこれに対し『懲役何年は酷である。何年位が至当である』というような意見を述べる。これを第二次の論告、弁論という。
万一陪審の答申を裁判官が不当と認めた場合は裁判所はこれを採択しない。例えば、数多くの証拠により裁判官が有罪と認めているのに、陪審が『然らず』と答申したような場合である。裁判所が答申を採択しなければ、改めて別の陪審員候補者を呼び出して新しい陪審にその事件の裁判をやり直させ、裁判所の意見と一致するまでこれを行う。これを陪審の更新という。制度実施後更新が行われたのは、大分地裁を皮切りに水戸、大阪がある。
欧米諸国では陪審の評決が絶対で、立派に有罪の証拠があっても陪審が無罪と答申すれば裁判所はこれに拘束されて必ず無罪の判決を言い渡さなければならない。わが国の陪審は厳正公平を期する意味から不当な陪審答申には何ら拘束されない。この点が世界に誇り得る日本独特のものである

23  控訴禁止
陪審員が評議して下した判断はその陪審員が国民の代表者となり良心に従い公平に行った判断であるから、それに基づく判決は絶対に尊重すべきで、これに対して不服を申し立てることはできず、普通裁判のような控訴は許されない
しかし特別の場合には、大審院に上告することができる。陪審裁判の手続きが法律に違反したとき、例えば、裁判に手抜きがあるとか、裁判長の説示に意見が加わっていたとか、陪審員の資格に欠陥があるとかの場合である。大審院で審理した結果、原判決が破棄されれば、その事件の審理はもとの裁判所か他の裁判所かでやり直しをすることになる。千葉地裁の陪審裁判の判決が2件破棄され、いずれも東京地裁で審理されたことがある。

=インコの一言=
検事席は、裁判官席と同じような位置にあるんですね。これじゃ仲間意識を持ちますよ。裁判官が検察官の言うことをやたら信用するのはこの名残? 「公判準備手続き」聞いたことがある言葉です。裁判員制度導入と同時に導入されたのは「公判前整理手続き」でした。1日ですべてが終わるのは「公判準備手続き」があったからで、今の裁判もあっという間に終わるのは「公判前整理手続き」があるからですね。
さて、「被告人の供述は信用できないので割り引いて聞け」という指示があります。実は27の陪審員の心得で「予断を持つな」とあるのですが、すでに予断を持たされてしまっていることに。「制度が始まった当初は、陪審員が裁判官や弁護人などが気付かない点を指摘して驚嘆された」も裁判員制度が始まってしばらくしてから喧伝されていたこと。そして評決は過半数で決定も同じ。
ところで、「陪審員の答申が気に入らないと裁判所の意見と一致するまで何度でも新しい陪審員を選んでやり直させる」と「陪審員の評議の判断は、国民の代表者となり良心に従い公平に行った判断で絶対に尊重すべき、控訴は許されない」とはどう両立するのでしょうか。お上は下々の者には拘束されぬが、下々から選ばれた者には下々は従えでしょうか。鳥頭のインコは混乱するばかりです。あっ混乱したら裁判長が説示して整理してくれるのでした。裁判員も「裁判官が丁寧に説明してくれた」とか言っています。鋭い人は「見えないレールが敷かれていた」と言っていますけどね。そして最高裁は「裁判員の判断を尊重しろ」と号令をかけていました。それも崩壊しちゃいましたが。
なお、460件の陪審で「陪審の更新」がなされたのは24件、無罪は81件だったそうです
 そしてどうでもいいんことが気になるインコ。証人取調の挿絵です。この法廷にいるのは裁判長、検事、弁護士、証人、陪審員と被告ですが、被告だけが女性なんですよね。女性は裁かれる立場にしかなれないってこと。被告になるのも圧倒的に男性が多かったはずですが、日本で最初に陪審員裁判で裁かれたのは女性でした。
29日はいよいよ最終回、陪審員にはどんな手当があり、違反するとどれだけ高額の罰金を科せられたかと併せて、協会の「輝かしい活動」などをお送りします。

陪審手引法廷

投稿:2014年4月27日