~裁判員制度はいらないインコは裁判員制度の廃止を求めます~
急性ストレス障害国賠訴訟の判決が9月30に出ましたから、先生のお考えをお伺いしようと思いまして。先生の予測が的中してAさんは敗訴。この判決についてどう思われますか。
先生のお話を聞くために判決の内容を簡単にまとめてみました。裁判所は、事実経過については、次のようにAさんの主張をほとんど全部認めました。
ア 福島地裁郡山支部から呼び出しを受け、出頭したくなかったので、勤務先に過料10万円の負担を求めたら断られた。
イ 選任期日に裁判員の辞退事由の説明を受けたが該当項目がないと思われ、裁判員に選任された。その日から辛く、頭痛、不眠、食欲不振が続いたため、医師の診察を受けたところ反応性うつ秒と診断され、処方を受けた。
ウ 公判審理の初日には、血の海の現場や遺体のカラー写真を見せられたり、犯人に刺されながら救いを求める被害者の録音音声などを聞かされたりして具合が悪くなり、昼食の大半をとれず、トイレで嘔吐した。
エ 辞任を申し立てず、嘔吐することもあったが、裁判員の職責を果たさねばという使命感から積極的に審理に参加し、死刑判決の後の記者会見にも出席して辛かったことを告白したが、体調の悪変には触れなかった。
オ 裁判後も体調不良が続いたので裁判所に相談し、その勧めで裁判員のためのメンタルサポートセンターにも電話で相談したが、東京まで交通費を自己負担して行かねばならないと言われて断念した。再度かかりつけの医師を受診したところ、やはり反応性うつ秒と診断された。同医師の紹介で受診した専門の心療内科の専門医は急性ストレス障害と診断した。
カ 体調不良にもかかわらず辞退の申し出でもせず、証拠にも目を向け、証人などに尋ねもし、真摯に審理、評議、評決に臨み、誠実に裁判員の職務を果たした。
キ 真面目に裁判員の職務を遂行しようとしたが故に重い精神的負担を強いられ、その結果、不眠などの体調不良が継続し、急性ストレス障害を発症したものと認められる。裁判員としての職務による負担は精神的な側面にも及び、その程度も相当に重い負担になり得る。
つまり裁判所は、誠実に裁判員の職務を果たしたことが原因となって外傷性ストレス障害を発症したと認めた上で、しかしAさんの請求を全部棄却したってことですよね。その理屈はどうなっているのですか。
いくつかの論点があるが、大きく分けると2つだ。その1つ、とりあえず「苦役に当たらない」というところに絞って紹介しよう。
① 裁判員裁判が裁判員に強いる精神的負担は相当重いと予想できるが、裁判員制度は憲法18条が禁じる苦役に該当しない。
② そもそも憲法は国民が司法に参加することを禁止していない。また、国民の権利・利益を保護する司法の役割が非常に重要になっている現在、司法制度に対する国民の理解や信頼を増し、国民的基盤を強める必要があると当局の責任者は言っている。
③ 裁判員法の目的を達成するためには国民誰しもが裁判員となり、原則的に選任を拒絶できない制度にするのは合理的だ。
④ 裁判員法は、裁判員を辞退できる場合を種々規定し、柔軟で弾力的な解釈が可能になっているし、裁判員の選任後にも辞任を申し出て解任してもらう運用もある。また、実際の裁判の中でも裁判員の負担を和らげる方法がいろいろ工夫されてもいる。日当などの支払いや出頭による不利益取り扱いの禁止も規定されている。
⑤ このような態勢がとられていることに照らせば、Aさんに障害が生じているからと言って直ちに国民の負担が合理的範囲を超えるものとは断定できず、国民の負担は合理的な範囲のものと言える。なお、裁判員が障害を発症した場合には、国家公務員災害補償法による補償の途も開かれている。
国民誰もが裁判員となり原則的に拒絶できないというのと辞退できる場合を種々規定しているって矛盾しません?
いやそれよりなにより、いつの間にそんな幅広く辞退できるようになったのか。
みなさん、お静かに。それは後で先生から論評していただきましょう。
もう一つの論点を紹介しよう。それは、被告国が裁判員制度を合憲だとする根拠の1つに挙げていた最高裁の2011年11月の大法廷が言い渡した裁判員制度は合憲だという判決に関することだ。原告代理人はその判決のプロセスには大変なインチキがあり、その判決は無効で、今回の事件を考える拠り所にしてはならないと主張していた。
そうだ。3年前の最判大法廷判決では、被告人の弁護人は、上告理由として、「裁判員制度は苦役強要を禁じた憲法18条に反する」と主張していなかった。弁護人が上告理由に挙げていなかったのに、最高裁はあたかも弁護人がそのことを上告理由に挙げていたかのように扱って、裁判員制度は苦役に当たらないと言っていたのだ。
その裁判は1審が裁判員裁判の刑事事件でしたね。だから、被告人には、「こんな裁判で裁判されるのはかなわない」という思いがあったのでしょうし、裁判員が苦役を強要されて辛いとか辛くないとか、そんな話は自分の問題ではないということですよね。
「裁判員にとって苦役」なんていうことを上告理由に挙げなかったのは当たり前のことって訳ですね。
しかし、最高裁は、敢えてその事件で、「裁判員制度は苦役を強要するものではない」と言った。裁判員になりたくないと思っている国民が圧倒的多数だということを知っている最高裁は、この機会に、その国民に対して、この制度は苦役を強要するものではないので進んで裁判員になってほしいというメッセージを送ろうと考え、問われてもいない「苦役憲法違反論」を取り上げて論じた、というのがAさんの代理人の主張だった。
しかし、その主張も裁判所は否定した。「上告趣意の中には、弁護人が明示した以外の条項でも上告理由として主張する趣旨が含まれていると解すべき」というのが裁判所の判断だった。
えぇー。それなら裁判所はなんでも判断できるってことですよね。
今回の判決の骨格は以上のとおりだ。この判決をどう見るか。この判決がこれからの裁判員裁判にどのような影響を与えるか。それらをまとめて解説しよう。
(次回乞ご期待)
投稿:2014年10月13日