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三鷹ストーカー高裁判決が示す制度の末路

001177前回の話を論じたのに続いて考えたいのが三鷹ストーカー殺人事件の高裁判決です。これは2013年に私立高校3年の女子生徒(当時18歳)が元カレに刺し殺された事件。一審東京地裁立川支部の裁判員裁判は懲役22年を言い渡していました。しかし、東京高裁は、今年2月6日、一審判決を破棄して審理をやり直させる差し戻し判決を言い渡したのです。

0249090うむ。最高裁の死刑否定判決の3日後だね。2つの裁判がほぼ同時に出たことの意味はとても大きい。前のテーマのおさらいをかねて今度はこの判決を考えることにしよう。

001177事件を簡単に言うと、交際相手だった女子生徒に恨みを抱いた被告人が、女子生徒の自宅に侵入してクローゼットの中に隠れ、帰宅した女子生徒を襲い、女子生徒宅の敷地内や路上で彼女の頸部をナイフで刺すなどして殺害したというものです。

1-e1397901276348一審裁判員裁判の判決は、かつて被告人が撮影していた女子生徒の画像や動画を被告人自身が今回の犯行後にネット公開したことを重視、「被害者の生命を奪うのみでは飽きたらず、名誉をも傷つけたことは極めて卑劣。殺害行為に密接に関連する」と判示していました。そう、求刑は無期懲役でした。

001177高裁判決はネット公開が名誉を傷つけたと言った一審判決にかみつきました。画像投稿は名誉毀損として起訴されていない。それなのに起訴された事件のように扱ったのはダメだと。高裁はあらためて適正な裁判員裁判を行い量刑も再検討すべきとして審理を東京地裁立川支部に差し戻す判決を言い渡しました。

006311000検察は控訴審判決に対する上告を断念。さすが賢察。

1-e1397901276348ということで、地裁は裁判員裁判をやり直さなければならなくなったってわけだ。裁判員は選び直される。

0249091検察は、被告人のリベンジポルノを名誉毀損の罪で起訴するかしないか詳細に検討して不起訴の結論を出していた。

006311000なぜそう言い切れるのですか?

0249091起訴すべしという判断になっていたら当然起訴していたはずなのに、名誉毀損の起訴をしていないからだ。説明しておこう。死者に対する名誉毀損は、その事実が客観的に虚偽の時しか成立しない(刑法230条2項)。つまりウソを言っておとしめたのでない限り死者に対する名誉毀損は成立しないのだよ。

001177しかし、一審審理の中では被告人の画像投稿が大きく取り上げられました。ネット投稿の影響を調査した警察官の証人尋問なども実施されましたし。

1-e1397901276348高裁は、「一審の審理は情状として考慮できる範囲を超えており、実質的にこれも処罰するかのような刑を裁定した疑いがある」と判断した。そのような訴訟経過を辿ったのは、一審の公判前整理の段階で、つまり裁判員が参加する前の段階で、そのような審理方針ががっちり固められていたからだ。

001177公判前整理の中で検察官はリベンジポルノを量刑事情として強調し、裁判所は検察の主張を受け入れていました。また裁判所は、審理が始まった時点で被告人の投稿画像を被告人の情状判断の検討対象にする姿勢を取りました。裁判所が判決の中で「被害者の名誉をも傷つけたことは極めて卑劣。殺害行為に密接に関連する」と何の断りもなく明言していることがその経緯を雄弁に物語っています。

1-e1397901276348それだけじゃないありません。東京高検の堺徹という次席検事はこの高裁判決について、「予想外の判決に驚いている」という談話を出しました。不起訴事件を量刑事情にして裁判所に登場させるのは当たり前の手法と考えているようです。痩せても枯れても高検トップの東京高検。そこで2番目に偉い人がそう言っているのだから、そうに違いないでしょう。

0249091起訴されていない犯罪を起訴されているように扱ってはいけないというのは法律家にとっては常識以前の常識。だが、悪しき情状として扱うのならそんなに厳格に抑制しなくてもよいという考え方もこの世界にはある。厳格に考えなければいけないケースとそれほど気にしなくてもよいケースの境界線がどこに引かれているのかは、法律家にもそれほど簡単にわからない。

006311000裁判員にはその境界線はもっともっとわからないです。

0249091一審裁判員裁判の評議の場でどういう会話が交わされたのか、交わされることもなかったのか、実情は霧の中だが、刑法と刑事訴訟法と裁判員法でメシを食っている、失礼、これでご飯を食べている裁判官3人から堂々と「これでいいのです」と言われれば、異を唱える裁判員などいる訳もなかろう。

1-e1397901276348「裁判員は誰でもできる。難しくない」。制度開始の時期に、最高裁も法務省も、このことを言って言って言いまくりましたよね。そのウソがこういう裁判で決定的に暴露されているってことです。「誰でもできる簡単なこと」と言えば、目の前の被告人が悪い奴風かそれほど悪い奴じゃなさそうかという程度の勘と印象だけ。そして一般の市民は、最高裁や法務省が「勘裁判」「印象裁判」でよいと言っていると百%理解した。

001177実際、最高裁が「裁判員候補者名簿への記載のお知らせ」と一緒に送ってくる制度説明のマンガ本『よくわかる! 裁判員制度Q&A』には、「裁判員は事実があったかなかったか どのような刑にすべきかを判断していただきます」「それらの判断に通常法律の知識は必要ありませんし 必要なことは裁判官がきちんと説明しますよ」という言葉が載っていますからね。

0249091今回の高裁判決は、刑事裁判の判断の難しさを全国民に説明した上、すべての刑事裁判官と検察官に裁判をもっとちゃんとやれと説教するものだった。だが、いくらちゃんとやれと言われても、現場の裁判官にも検察官にも判断の確かな基準がわからないのだ。

006311009素人にはもっとわかりません。

0249091前回の「死刑」破棄の2事件で考えよう。過去の妻殺害と今回の店長殺害は関連が薄いと最高裁は言うが、関連の濃淡の基準は何か、そもそも「関連が薄い」とはどういうことか。女子大生殺害の前後に犯した強盗強姦は人の命を奪うものではないと最高裁は言うが、殺人の悪らつさと強盗強姦を複数回行うことの悪らつさの軽重は何を基準に考えるのか。

006311009本当にわかりにくいですね。

0249091それだけじゃない。最高裁は集積された共通知識に依拠せよと言うが、過去の経験を乗り越えるものとして「市民感覚」というあらたな基準が採用されたのではなかったのかという大問題がある。

1-e1397901276348だいたい最高裁自身、2012年2月の判決で、「よほど不合理ではない限り裁判員の出した結論を尊重すべきだ」と言ったではないですか。つまり認定の幅をぐっと広げたはずです。その最高裁が「過去の裁判例の中にあるいわば『量刑判断の本質』を共通認識として評議を進めることだ」(千葉勝美裁判長の補足意見)などと言っている。

001178まね0これじゃあ現場は右往左往ですね。

むふふなんじゃもんじゃ。どうすりゃいいのさ思案橋。下手の長考休むに似たり。これが本当の思案六法だぁー。

0249091プロの法律家たちも基準がわからなくなっている。最高裁から裁判員裁判の現場まで、刑事裁判の世界は完全に混乱状態に陥った。この混乱の近未来を予言しよう。間違いなく「裁判員を拒絶する市民」だけじゃなく、「裁判員裁判を拒絶する裁判官」が生まれることになるだろうよ。 

006311000ところで先輩。思案六法っていうのは、六法全書を前にして僕らが思案しているって意味ですか?

お茶いやいや、これはね、「おいちょかぶ」という博戯に出てくる言葉さ。花札やトランプでやるゲームでバカラやブラックジャックに似ていて(…中略…)配られた2枚か3枚の札の合計の一の位がカブ(9)に近いほど勝ち。3以下ならもう1枚引かなければならないから「サンタに止めなし」。7以上ならもう引いちゃダメで「ナキナキ勝負」。2枚目が6だったらもう一枚要求するかこのまま勝負するか迷うから「思案六法。下手の長考休むに似たり」ってからかわれた、これが語源さ。もちろん1や9でも5や6の振りをして悩んでみせることもあるよ。駆け引きだからね、

0063110005はセオリー通りだともう1枚引くんですよね。

1-e1397901276348それがね、「ゴケ勝負」と言って、即決で2枚で良いと。すると親、胴元は「これは8か9だな」と思って、弱気になったりもう1枚引いて自滅したりすることもある。

006311009まさに寺田長官の状態! コケ勝負。どう廃止すべきか、それとももう1枚有効な手立てがないかってところを思案六法中。

むふふでも 国民の8割以上はこんな博戯からとっくに下りてるけどね。

焦る(呆れ声)先生、インコさんのうんちくたれは博戯にまで及んでいるんですね。

 0249090うーむ。あの熱意を少しは勉学に向けてくれたらなあ…。

052416 

投稿:2015年3月10日