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崩壊した裁判員審理-小樽危険運転致死傷判決

1-e1397901276348昨年7月に小樽市内で起きたひき逃げ事件を覚えているかな。

006311000もちろん覚えています。飲酒運転で海水浴帰りの女性3人を死亡させ、1人を大けがさせた事件として世間がたいへん注目しました。危険運転致死を含む事件ということで、裁判員裁判になりましたし。

1-e1397901276348そう、そうなんだが、この事件ははじめから危険運転致死傷被告事件だったのではない。

006311000ということは、はじめは過失致死傷事件だった?

1-e1397901276348そう、過失致死傷は納得できない、危険運転致死傷事件に当たるはずだと遺族の皆さんなどが強く訴えたことでも注目された。

006311000で、検察は危険運転致死傷罪で起訴したんですか。

1-e1397901276348いやいや、そうはならなかった。検察は過失運転致死傷事件として起訴したんだ。

001181遺族の皆さんは反発したでしょうね。

1-e1397901276348大反発だった。起訴後も罪名を危険運転に変更せよと強く検察に迫った。

006311000で?

1-e1397901276348検察はついに遺族の主張を受け入れて起訴後に危険運転罪に罪名を変更した。

006311000へーっ。そんなことあるんだ。

1-e1397901276348珍しいことだ。検察は法律構成に悩んだ上、起訴後に遺族の言い分を受け入れるという対応をした。提訴が昨年8月、遺族が厳罰要求の7万人の署名を提出、そして10月に危険運転致死傷に訴因変更という経過をたどった。

001181この事件、今月9日の判決公判で、裁判所は危険運転致死傷を認定したんですよね。

1-e1397901276348そうだ。裁判員は検察の悩みを通り越し、実にあっさりと危険運転罪の成立を認めた。専門家は驚いたし、マスコミも拍子抜けという印象を持った。

006311000そこで、われらが本論の裁判員裁判の話になってくるという訳ですね。

へ?そういうことになるんだな・・・。

001181(何か心許ない返事…)それにしても交通犯罪の話はわかりにくいです。過失運転とか危険運転とか似たような名前が出てくるし、しかも判決が危険運転致死傷だっていうことは…。裁判員にはよくわかったのかしらね。

へ?そう、誰にもわかりにくい話さ。交通事故の犯罪にはいろんな罪名のものがあるし、それにひき逃げなどが加わると救護報告義務違反(道路交通法違反)も問われて併合罪加重なんていうこともあるし。

006311000なんですか、それ。

1-e13979012763482つの犯罪を犯していると、刑罰は重い方の50%増しにするという規定だ。重い方が最高20年なら30年まで行くことになる。

001181話がここまで来ると、にゃんこ先生にご登場願ってきちんと説明いただいた方がいいかも知れないですね。

1-e1397901276348、噂をすれば・・・。

0249091いやいや、何となく殺気を感じて、来てみたんだよ。

006311000先生、殺気を感じたら逃げなきゃダメですよ。それに先生、何か表のようなものも持ってきてるじゃないですか。準備が良いというか、良すぎるというか。

1-e1397901276348ごちゃごちゃ言うな、みなまで言うな。そろそろ説明時(どき)だと思って来てくださったっていうことさ。

001178まね0(インコさん、うまく逃げたわね)

1-e1397901276348にゃんこ先生。ではではよろしくお願いいたします。

0249091うむ。まず今話が出ていた犯罪の説明をしよう。2つの犯罪は、両方とも自動車運転支障行為処罰法という法律の中に出てくる犯罪じゃ。これは昨年5月20日に施行されたばかりのできたてほやほやの法律なのだ。j12345i

006311000ということは、これまで交通事故はなんという法律で処罰されていたんですか。

0249091明治以来の法律「刑法」だよ。それが、いろんな交通事故犯罪を1つにまとめ、この際新しい交通犯罪類型も作り、それらの全体を1つの法律にまとめてしまおうということになって、刑法から独立させた。それが自動車運転死傷行為処罰法なのだ。

006311000そんなことってあるんですか。

0249091警察庁が交通事故厳罰路線をばく進する中で、そういう話にたどり着いたのだ。この法律の主管官庁はいうまでもなく警察庁。

1-e1397901276348全部で6条しかない小所帯の法律ですね。危険運転致死傷は第2条と第3条、過失運転致死傷は第5条に規定されています。

0249091「危険罪」にもいろいろあるとされるが、アルコール関連の「危険罪」を言えば、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為を行って人を死亡させる」と20年以下の懲役というものだ。

006311000なるほど。

0249091第3条は「準危険運転致死傷罪」とも言われ、「アルコールの影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態に陥り人を死亡させる」と15年以下の懲役とされている。

1-e13979012763481回聞いたくらいじゃ、2条と3条の違いはわかりませんね。

006311000いや、10回聞いてもわからないような気がします。

0249091さて、このアルコール関連の危険運転とは別に、第5条が過失運転致死傷を規定している。これは「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役もしくは禁錮あるいは100万円以下の罰金に処する」というものだ。

006311000これはわかります。このくらいのわかりやすさでモノを言ってほしいな。わかりにくいルールはルールじゃないっていうこと、警察庁はわからないのかな。

1-e1397901276348これが刑法で長く「業務上過失致死傷」という名前の犯罪で親しまれてきた罪名なんですね、歴史的に言えば。

001178まね0犯罪名を言う時に「親しまれた」って言いますかね。

1-e1397901276348それにしても「業務上過失致死傷」って新聞やテレビでずいぶん聞かされました。あれは今は使われていないんですか。

0249091現在も刑法に規定はある。自動車事故以外の原因で人が死亡したりケガをしたりした場合に限られて使われるのだ。うっかり火を出して人を死傷させてしまった時とかね。

1-e1397901276348わかりました。そうすると過失運転致死傷の刑罰は7年以下の懲役か禁錮、悪質さがそれほどでもなければ100万円以下の罰金ですね。危険運転致死傷にくらべるとずいぶん軽いですね。

0249091そうなのだ、そのために悲惨な被害を受けた被害者やその遺族の多くは、何とか過失運転致死傷ではなく危険運転致死傷で処罰させ、重罰で懲らしめたいという思いを強く持つ。

006311000なるほどなるほど、やっと少しわかってきました。

0249091さて、この「危険」と「過失」は、前者が危険な状態で運転することに故意がある、つまり、危険な状態で運転してよいと思っていることを必要とする犯罪で、後者はあくまでも不注意で結果を発生させた犯罪だというところで大違いの犯罪なのだが、「危険」の法律条文の作りがめちゃくちゃあいまいなために、要するに、どうとでも解釈できるような作りになっているために、とりわけ素人は簡単に「危険」の成立を認める傾向があり、裁判官もそれに引きずられる傾向がある。

1-e1397901276348あいまいというと。

0249091条文を読んでごらん。「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる」っていうけれど、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とはどういう状態かきちんと説明できるかね。

1-e1397901276348「正常な運転」と「正常とは言えない運転」の違いは確かに簡単には言えませんね。私の友人の運転はいつも不正常なような気がしますし…。「困難な状態」というのもはっきりしません。「正常な運転がまったくできない状態」というのならまだ何とか判断できそうな気もしますが、「正常な運転が困難」かどうかをどういう基準で判定するのか、その判断は困難です。

001178まね0(冗談を言っている時ではないわよ)

0249091運転が正常かどうかということも、正常な運転が困難かどうかということも、およそあいまいの極といってよいものだろう。

001181「今日はお天気がはっきりしませんね」と言うときの「はっきりしない」の意味をはっきり説明しろというようなものですね。

0249091さてさて、本論の小樽事件の話に入ろう。判決は「運転開始前に飲んだ酒の影響により前方注視が困難な状態で時速約50ないし60キロメートルで自車を走行させ、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたことにより、Y子、R子、S子、N子に気付かないまま同人らに自車左前部を衝突させた」と認定した。

006311000刑の量定は。

0249091求刑どおりの懲役22年だ。

00631100020年を超えるんですか。

0249091救護報告義務違反、つまり、ひき逃げと併合罪加重がされたのだ。

1-e1397901276348そして問題の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させた」ことについてはどのように認定されたのですか。

0249091そこが最大・最重要の問題だよ。被告人は、公判中、「酔いはさめており、スマホを操作していて脇見をしていたのが事故の原因」だとして、過失運転致死傷しか成立しないと主張していた。検察も「スマホ操作による脇見運転」として過失運転罪で起訴していたのだったが、佐伯恒治裁判長は判決中で「よそ見のレベルをはるかに超えた危険な運転で、酒の影響しか考えられない」と述べた。

006311000その裁判所の判断は正しいのですか。

0249091メディアにリリースされた判決要旨を見る限り、ほとんどメチャクチャと言ってよい内容だ。

1500704メチャクチャ…

0249091事故44分後の測定で呼気1リットルあたり0.55ミリグラムのアルコールが検出されたという。僅かな酒量では決してないが、危険運転罪の事例では1.0ミリグラム程度のものもあり、平均すれば0.6ミリグラム程度のようだから、時間経過による濃度低下を考えても平均をいくらか下回る程度のものだったと言えるだろう。

006311000でも、そのアルコール保有だと酒気帯び運転罪は成立しますよね。

0249091もちろんだ。だがここで問題なのは危険運転罪が成立するかどうかだ。それはアルコールの保有量で当然に決まるものではない。

1-e1397901276348そう言えばさっきの危険運転罪の説明の中にはアルコール保有量のことは出ていませんでした。

0249091話を進めるぞ。ビーチを車で出た被告人は見通しのよい直線道路に入った。歩車道の区別のない幅4.7メートルのセンターラインのない道路を時速50~60キロメートルのスピードで走ったらしい。

001181双方通行の道路にしては幅が狭いですね。

0249091被告人は交差道路から直線道路に入り、440メートルほど走ったところで女性たち4人を後ろからはねた。

1500704うわっ。

0249091その運転が危険運転になるかどうかを考えるポイントは、被告人の「よそ見」が程度を越えたものだったかどうかということになったようだ。

006311000「よそ見」というと、つまり脇見運転をしていたということですか。

0249091判決要旨の説明はわかりにくいが、経過をまとめればこうなるだろう。被告人は直線道路に入って3~4秒後にスマホを取り出して右手から左手に持ちかえ、約3秒後にスマホに目を移して約5秒間スマホを見、一瞬(せいぜい1秒程度)右斜め前方の直近に視線を向けてまた4~5秒間スマホを見、また一瞬顔を上げてまたまた4~5秒間スマホに目を移した時に事故になったという。

006311000ややこし。いろんなことをしてると。

0249091いや、いろんなというほどでもない。ちらちら前をみながらスマホのLINE立ち上げをしようとしていたっていうことだ。所要時間の足し算をすれば、「3~4秒」+「約3秒」+「約5秒」+「約1秒」+「4~5秒」+「約1秒」+「4~5秒」=21~24秒だ。

1-e1397901276348ちょっと先生、時速50~60キロメートルのスピードで440メートル走ったんでしたよね。計算少し合わないんじゃないすか。

0249091ほう、よく気がついたね。時速50キロなら440メートル進むのに32秒程度かかる。時速60キロでも26秒程度かかる。中をとっても29秒程度だ。これは直線道路に入って直ちに50~60キロで走ったとしての計算だが、交差点で曲がった車は直ちに50~60キロになれる訳ではないから、実際には26~32秒よりもう少し時間がかかる。キミはそこら辺のことを言いたいのだろう。

1-e1397901276348そうです。さっきの数字は全部足しても21~24秒程度にしかなりませんでした。スマホを見るのにもっとかかったのか、それとも前を見るのにもっとかかけたのか、そのあたりはよくわかりませんが、とにかくもっと何かに時間をかけていたはずです。

0249091つまり、この判決はそれだけでもお粗末の批判を免れないということになる。さらに見過ごせないのは「よそ見」問題についての裁判所の判断だ。判決は「『よそ見』というレベルをはるかに超える危険極まりない行動としか言いようがない」と言う。「『よそ見』による過失運転」という被告人・弁護人の主張を排斥したくだりの表現だね。

006311000そこがどう問題なのですか。

0249091これはドライバーがちらっとどこかを見たその時に事故になってしまったというような事件じゃない、その「レベル」をはるかに超えていると言っているのだが、「レベル」を超えるというのはどういうことかがはっきりしないのが問題なのだ。

006311000でも、ちらちらほかのところを見ながら440メートルも走るのは危ないことじゃないかとは思いますが。

0249091それはそうだ。だがキミはアルコールによる危険運転罪の成立要件を忘れてはいないか。

006311000アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為でなければいけないということです。

0249091そう。この「ちらちらよそ見」が「スーパーよそ見」だということに仮になったとしても、だからと言ってそれがアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為に当然になるものではない。

1500704うーん。

0249091考えてご覧。車内にはナビがあったりいろんなメーター類があったりするでしょう。ドライバーは走行中いつも前方を見ている訳じゃない。ちらちらとあっちを見たりこっちを見たりしている。灰皿にたばこを押しつけたりボトルに手を出したりもする。それがドライバーの普通の行動だ。「ながら運転」と言ってもよい。ドライバーたるもの前方視認など安全確保に心がけなければならないのは言うまでもないが、ドライバーの一般の行動を説明すればそういうことになる。

001181確かにそうです。そうでなければフロントパネルなんてお飾りっていうことになってしまいますものね。で、被告人は安全確認を怠ったと。でも安全確保が不十分だったのなら過失運転罪。アルコールの影響で正常な運転が困難な状態だったら危険運転罪。さーてと。

0249091被告人はちらちら前を見たという。ということは前を気にする注意意識はあったことを意味する。何度も見たということはすっかり気が抜けていたというのとはかなり違うということをも意味する。この速度で440メートルも走れたというのも「正常な運転が困難な状態」を否定する理由になる可能性がある。へろへろのドライバーだったらそんなに走る前に僅か4.7メートルの幅の道路の外に飛び出してしまう可能性があるからだ。

1-e1397901276348「酒を飲んで車を運転して人を死傷させるのは不埒な行動だ」ということを、「アルコールのために正常な運転が困難な状態の下の行動」だと直結・即断してはいけない、危険運転罪の成否はあくまでも「アルコールのために正常な運転が困難な状態の下の行動」であったかどうかを考えなければならないということですね。

0249091そうなのだよ。この判決はその点の考察をまったく行っていない。「よそ見」とはレベルが違うと言っているだけだ。これは厳密な司法判断と言えるようなシロモノではない。

006311000それにしても「正常な運転が困難な状態」とは何を指すのかはっきりしないですね。先生のお話を聞いて、そのことを強く感じるようになりました。

0249091大事なのは、法律専門家でもわかりにくいあいまい極まる話を裁判員が理解できるかということだ。この事件には、悩み抜いた検察が危険運転罪の適用を諦め、過失運転罪で起訴したという経緯があった。専門家が簡単に結論を出せないでいた問題に裁判員があっけらかんと答えを出してしまう怖さを私は強く感じる。

1-e1397901276348刑事裁判を市民が裁けるのかという疑問は、危険運転致死罪を俎上に乗せて考えると本当に歴然としてきます。

0249091そうだ。この判決に対し被告人は控訴したそうだが、私は当然だと思う。最後に付け加えておくが、判決要旨を読む限り、激しい調子で被告人をひたすら罵倒する形容句過剰の感情過多判決だ。司法は抑制的に必要なことだけを言うという考え方を大きく逸脱していると言わざるを得ないし、数日の審理で即判決というおざなり裁判を象徴しているとも言える。

おたけび2ありがとうございました。それにしてもこんな判決を出すところに裁判員裁判の終末風景がやっぱり見えますね。この事件を控訴審がどう判断するのか見守りたいと思います。

この判決の問題については、猪野亨弁護士も書かれています。こちらもご覧ください。
小樽ひき逃げ事件判決 懲役22年はともかく、その判決理由に疑問

 

投稿:2015年7月26日