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寄稿 「新捜査手法」問題を切る

市民生活の奥に入り込み、市民を裁判所に動員する「新時代」

 「刑事司法の在り方を改革する」。新方針が発表されたのは、裁判員裁判が始まった翌年の2010年でした。具体化は法務大臣の諮問機関「検察の在り方検討会議」に委ねられました。

  そのきっかけは大阪地検特捜部の「FD改ざん事件(村木事件)」です。裁判員裁判開始前月の07年7月、村木厚子厚生労働省局長(後に、同省事務次官)を「郵便不正事件」に関与したと見せかけるため、前田恒彦特捜検事が証拠品のフロッピーディスクのデータを改ざんしました。

  検察の信頼は地に墜ちたと政府・法務省は震え上がりました。だが、検察が暴走したのは裁判所が野放図に検察擁護に走ったからです。検察の腐敗と堕落の責任は裁判所とりわけ最高裁にあります。紅葉赤ライン

  松川事件では検察が被告人の無罪を証明する証拠を隠し続け、裁判所は有罪を言渡し続けました。最近では、足利事件でも布川事件でも似たようなことがありました。「検察には落ちるような信頼などそもそもあったのか」。

  事実が暴露され、前田検事は実刑判決が確定して下獄。改ざんを隠蔽したとして特捜部長と副部長には有罪が言い渡され、争う2人に今月25日、大阪高裁は控訴審の判決を言い渡します。

  司法など信用できないという思いが市民の間に一気に拡大しました。裁判員制度を崩壊させてはならないという問題意識を背景に、「在り方検討会議」は当の村木氏やジャーナリストの江川紹子氏や痴漢えん罪映画の周防正行監督などを加えて発足しました。

  司法の歴史を変える新しい動きになるのか、それともガス抜き猿芝居の始まりかと注目された「検討会議」は、その正体を明らかにします。今年1月、「検討会議」の特別部会がまとめた「基本構想」は、なんと捜査当局の捜査権限を徹底的に強化する内容のものだったのです。特別部会の作業分科会は法務省の関係者でがちがちに固められていました。そして、これらの著名委員の誰ひとりもこの動きに抗議して辞職したりしませんでした。紅葉流水ライン

  日弁連やマスコミは、市民は捜査当局に疑いの目を向けていると言い、裁判員裁判の時代に捜査の可視化は必須の要求だと言いました。被疑者取り調べの可視化の動きが少しずつ具体化しましたが、「一部の可視化」ではかえって捜査の正しさを示すことになるだけだと批判もされました(可視化万能論には到底与し得ませんが、そのことについては別の機会に触れることにします。)。

  法務省や警察庁は「可視化」で自白がとれにくくなることへの代償措置が必要だと執拗に言いつのりました。これまでは密室で取り調べていたから自白がたくさんとれていたと言うに等しいその主張は、語るに落ちるものとも盗っ人猛々しいとも言うべきものです。

  そして舞台は、法務大臣の諮問機関「法制審議会」の「新時代の刑事司法制度特別部会」に移りました。いまここで検討されているのは、盗聴の対象と方法の拡大、他人を当局に売り渡して自分が助かる司法取引、証人の住所・名前を被告人に隠す証人匿名化、被告人の黙秘権否定などです。

  最悪の例は盗聴の全面展開です。現在も盗聴を許す法律「通信傍受法」(1999年成立)があります。反対運動が国会を包囲し大もめの末に通った悪法でしたが、もめた結果、対象は薬物犯罪、銃器犯罪、組織的殺人、集団密航の4種類に限定され、盗聴には電話会社の職員が立ち会わねばならず、記録したデータは記録した都度裁判所に提出することが義務づけられました。

  十分とは決して言えないこの規制でも捜査当局には手かせ足かせと感じたようです。この規制を一気に取り払いほとんど無制限に拡大してしまいたい。対象を窃盗・強盗・詐欺・恐喝・殺人・逮捕監禁・略取誘拐のほか、「盗聴が必要有効な重大犯罪」に広げる。つまりほとんどすべての犯罪が対象になり、電話会社の立会も不要、裁判所提出もまとめて後でやればよいことにしたい。紅葉ライン

  証拠ねつ造検事は証拠ねつ造検察であり、その背景にねつ造擁護裁判所があります。裁判員裁判はこの国の司法が正統に行われてきたことを国民に教えることを目的とするとされますが、その説明は大笑いのでたらめ話だということを前田検事の証拠品改ざん事件ははしなくも暴露していました。

  「新時代の刑事司法制度特別部会」の論議は、この国の司法が汚辱と腐敗にまみれた歴史を抱えていることをあらめて国民に知らせています。このていたらくでは裁判員裁判に来てくれと言ってもついてくる国民はいません。

 新しい捜査手法を認めさせる法律は来春の国会に提出されるということです。司法当局は裁判員裁判を内側からつき壊すことに邁進しています。

きつねとたぬき

 

投稿:2013年9月20日